ヴァルスを出た翌朝、チューリッヒ空港に着いた。
石の村の記憶をまだ持ちながら、電車を乗り継いで来た。

外に出ると、巨大なコンクリートの柱がV字を描いていた。
折れ曲がりながら屋根を支えている。接合部が有機的に広がっている。力を隠していない。構造がそのまま、見せ場になっている。

ターミナルに入ると、出発案内板が視界を埋めた。
Swiss。Austrian。Lufthansa。エコノミー、ビジネス、ファースト——全クラスが一枚の画面に収まっている。行き先が、ひとつの密度として立ち上がっている。
世界の縮図みたいだと、毎回思う。

廊下を歩く。
頭上に広告が流れている。UBS。LOMBARD ODIER。 スイスの銀行が、出国前の最後の空間を占有している。石の村とは別の、もうひとつのスイスがここにある。
なぜこの国は、空港でも「精度」を主張するのか。

ゲートに向かうと、天井が木になった。
丸い穴が整列して開いている。その向こうに、斜めに組まれた鉄骨とガラスのファサードが広がっている。空港に木がある。珍しいと思った。なぜか少し、落ち着いた。

床はグラニット。ポリッシュされた石が、外の光を拾っている。
木の壁面と石の床。ガラスの向こうに滑走路が見える。待つ空間として、これは贅沢だ。到着と出発の体験は、いつも建築が左右する——ヴァルスで一晩過ごして、それを改めて思った。

柱とトラスの接合部に目が止まった。
機械のような精度で、部材が組み合わさっている。ボルトの配列。鉄板の切り抜き。隠さなくていい、と誰かが決めたのだと思う。そのまま見ていられる。

ショーウィンドウに、大きな模型があった。
THE CIRCLE AT ZÜRICH AIRPORT。
空港に隣接する新しい複合施設の計画だ。ホテル、オフィス、病院、コンベンションセンター——空港がひとつの都市になろうとしている。
空港は、かつて「通過する場所」だった。今は「目的地」になりつつある。

搭乗口の窓から、機体が見えた。
SWISS。 赤い文字が曇り空に白く浮かんでいる。
ヴァルスの石から、このアルミの翼まで——同じ国の、別の顔だ。スイスはなぜ、素材にいつも正直なのだろう。石は石として、鉄は鉄として、木は木として使われている。
答えは出ないまま、搭乗が始まった。




