ヴァルスという村に来た。
スイス・グラウビュンデン州。谷の奥、標高1200メートル。バスを乗り継いで3時間。到着した夜、雪が降っていた。
この村を知ったのは、建築を学んでからだ。ピーター・ズントーが1996年に設計した温泉浴場「テルメ・ヴァルス」——クォーツァイト(珪岩)を積み重ねた石の洞窟。建築の世界では伝説的な場所として語られてきた。

雪の中に、建物が光っている。
白い水平線が積み重なって、山の斜面に張り付いている。これが7132ホテルだ。ライトアップされたファサードが霧の中に浮かんでいる。

ロビーに入ると、天井から無数の光の輪が垂れ下がっていた。
シャンデリアというより、光の雲だ。フロントカウンターは円弧を描いて、空間の中央に浮かんでいる。外の石と雪から急に連れてこられた感じがした。

ホテルの入口に、こう書いてある。
House of Architects by 7132.
ヴァルスは長い間、過疎に悩む山岳村だった。ズントーの浴場が完成して以来、建築ファンが世界中からやってくるようになった。それがひとつの産業になった。
オーナーが考えたのは、その一歩先だ。世界的な建築家たちに頼んで、ホテルの新棟を設計してもらう。泊まれる建築。体験として売る建築。

4人が選ばれた。
安藤忠雄、隈研吾、トム・メイン(モーフォシス)、そしてズントー自身。それぞれが異なる素材でこの村に棟を加え、2016年に全棟が完成した。
なぜヴァルスに、これほどの建築家が集まるのか。
ズントーの浴場が、場所に意味を与えたからだと思う。
山から切り出した石を、ただ積み上げる。窓は細い水平のスリット。光は石と石のあいだから届く。お湯につかりながら、岩盤の中にいる感覚がある。ここに来ることが、それ自体で一つの体験になった。
建築が先にあって、村の価値が生まれた。それがこのプロジェクトの出発点だ。

翌日、完成している新棟を歩いた。
トム・メインが手がけた棟に入ると、天井に大きな楕円の孔が開いている。空が見える。白い壁面が孔の縁に向かってゆるやかに傾斜している。石の洞窟とは正反対の建築だ——白く、軽く、空に向かって開いている。

廊下の奥に、黒いガラス扉がある。
SPA THERME
その文字だけが光っている。扉を押すと、空気が変わる。石の匂い。湿気。温泉の気配。

その夜、浴場へ行った。
テルメ・ヴァルスは、宿泊者だけが夜間に入れる時間帯がある。石のあいだから漏れてくる橙色の光。お湯の音だけが聞こえる。
ズントーがここを設計してから30年近くが経つ。石は変わらない。光も変わらない。なのに、また違う場所に来たような気がした。その理由を、浴槽の中でずっと考えた。

部屋に戻る。
壁はクォーツァイト。石をそのまま室内に持ち込んでいる。枕元の黄色いランプだけが人工的なものだ。
窓の外は雪と森。静かすぎて、自分の呼吸が聞こえる。

隣の棟は木に包まれている。
素材が変わると、空間の体温が変わる。石の部屋は山の中にいる。木の部屋は山小屋にいる。同じ村の、同じ宿なのに、泊まる棟によって異なる経験になる。それが、このホテルの設計思想だと思う。

深夜、窓の外に炎が見えた。
ガラスに囲まれたパビリオン。暖炉の火が揺れている。雪が降り続いている。誰かが火のそばに座っている。石の村の夜は、こんなふうに過ぎる。

内側から見ると、こうなっている。
薪が積まれている。炎がある。ガラスの向こうに、松の木と雪。山の夜の寒さと、炎の熱さが、ガラス一枚で分かれている。

朝、テーブルの上にVALSER(ヴァルサー)のミネラルウォーターが置いてあった。
この水は、この村で湧く。温泉も、水も、石も、全部ここから来る。建築家たちは、そういう場所に招かれている。
建築が「場所をつくる」とよく言う。でもヴァルスでは、場所が先にあって、建築家たちが呼ばれたのかもしれない。

4人の棟が完成して、ヴァルスは変わったのだろうか。
石の村に、白い建築が加わった。木の棟、コンクリートの棟。素材の違いが、体験の違いになった。それでもここに来る理由は、変わっていない気がする。
石は、まだここにある。




