模型と手の知性——デジタル時代における建築模型の役割

模型と手の知性——デジタル時代における建築模型の役割

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

手のひらの中に建築は宿る

設計の仕事をしていると、「図面はいつ描くんですか」と聞かれることがある。もちろん図面は描く。CADも使うし、3Dモデリングソフトも日常的に立ち上げている。しかし私にとって、設計の核心的な時間はそのどちらでもない。スチレンボードを刃物で切り、スチのりで接着し、小さなスケールの中に空間を立ち上げていく——模型を作っている時間こそが、もっとも「考えている」時間なのだ。

これは感覚的な話ではなく、設計プロセスの構造に関わる話である。模型には、画面上のモデリングでは到達できない思考の層がある。そしてその層は、住まいを考えるすべての人にとって、知っておいて損のないものだと思っている。

スクリーンの向こう側では出会えないもの

現代の建築設計において、デジタルツールの進化は目覚ましい。パースは写真と見紛うほどのリアリティを持ち、VRで空間を「歩く」ことさえできる。クライアントへのプレゼンテーションにおいては、これほど便利な道具はない。

しかし私は、デジタル上で空間を検討しているとき、ある種の「滑らかさ」に違和感を覚えることがある。画面の中の空間はどこまでも整っていて、あらゆる角度から自由に眺められる。その自由さが、逆に思考を浅くすることがある。視点を動かしすぎるあまり、ひとつの場所に「留まる」経験が失われるのだ。

模型は違う。1/50のスケールであれば、目線の高さに当たる位置は床からわずか数センチの場所にある。そこに片目を近づけて覗き込むと、光の入り方、壁の圧迫感、天井の高さの感覚が、身体的な実感として伝わってくる。その瞬間に「この天井はもう少し抑えたほうがいい」「この窓の位置では光が届かない」といった判断が、論理ではなく直感として立ち上がる。これは手で作り、目で覗き込むという身体的な行為があってこそ、初めて得られる知性である。

失敗が教えてくれる寸法感覚

模型づくりには、デジタルにはない「不可逆性」がある。カッターで切った線は戻せない。接着した面は簡単には剥がせない。この不自由さが、実は設計に対する集中力を高めてくれる。

私の事務所では、ひとつのプロジェクトで数十個の模型を作ることも珍しくない。初期のスタディ模型はラフなもので、壁を一枚差し替えたり、屋根の勾配を変えたりしながら、空間の骨格を探っていく。その過程で、何度も「切り間違い」や「寸法の読み違い」が起こる。しかし、この失敗が実は重要なのだ。

たとえば壁の厚みを実際より少し厚く切ってしまったとき、模型を覗き込むと空間が想定よりも狭く感じられる。その「狭さ」の感覚が、実際の施工における壁厚や断熱材の存在を思い出させてくれる。デジタルモデルでは壁は「線」に近い抽象的な存在だが、模型では物質としての厚みを持つ。この差は、実際に建つ建築の空間体験に直結している。

手を動かすことで、寸法が身体に蓄積されていく。何百回と1/50の模型を作っていると、「この幅はだいたい廊下一本分だな」「この高さがあれば圧迫感はない」といった判断が、定規を当てる前に手の感覚としてわかるようになる。これが「手の知性」と呼ぶべきものだと、私は考えている。

光と影は模型だけが正直に語る

住宅設計において、光の扱いは空間の質を決定する最大の要素のひとつである。南向きの大きな窓を設ければ明るい家になる——それは間違いではないが、「明るさ」だけが光の価値ではない。光には方向があり、時間による変化があり、影との関係がある。

模型を窓際に置いて、実際の太陽光を当ててみる。すると、北側の小さな高窓から入る光が壁面を柔らかく照らす様子や、深い庇が夏の直射光を遮りながらも反射光を室内に導く仕組みが、手に取るように見える。この検証は、照明シミュレーションソフトでもある程度は可能だが、模型にはソフトが再現しきれない「光のにじみ」のようなものがある。

住宅の設計で開口部の位置や大きさを検討するとき、私はほぼ必ず模型による光の検証を行う。時間帯を変えて何度も覗き込み、朝の光、昼の光、夕方の光がそれぞれどのように空間を変えるかを確認する。この作業は地味で時間がかかるが、竣工後に「この時間の光がいちばん好きなんです」とクライアントから言われたとき、あの模型の前で過ごした時間が報われたと感じる。

対話の道具としての模型

模型にはもうひとつ、設計プロセスにおいて欠かせない役割がある。それはクライアントとの対話の道具としての機能だ。

図面を読むには訓練が必要である。平面図を見て空間を想像できる人は、建築の専門家以外にはほとんどいない。CGパースは直感的に理解しやすいが、あくまで「ある一方向から見た絵」であり、空間全体の関係性は伝わりにくい。

模型は、誰もが自分の目で覗き込み、回転させ、さまざまな角度から空間を体験できる。打ち合わせの場で模型を囲みながら「ここからキッチン越しに庭が見えるんですね」「この壁がなければもっと広く感じますか」といった会話が自然に生まれる。このとき、クライアントは単なる「依頼者」から、空間を一緒に考える「共同設計者」へと変わる。その瞬間こそ、設計が本当に動き始めるときだと私は思う。

さらに言えば、模型は建築家自身にとっても対話の相手である。自分の手で作った模型を翌朝あらためて眺めると、昨夜は気づかなかった違和感が見えてくることがある。それは模型が「考えてくれている」のだと、私は半ば本気で思っている。物質として存在する模型は、作り手の意図を超えた情報を宿す。光の当たり方、影の落ち方、素材の質感——それらが複合的に重なって、設計者の無意識に語りかけてくるのだ。

あなたの家は、手から始まるかもしれない

住宅を検討し始めたとき、多くの方はまずインターネットで事例を検索し、写真を眺め、間取り図を比較するだろう。それはとても合理的なアプローチだ。しかし、もし機会があれば、設計者のアトリエを訪ね、模型を手に取って覗き込んでみてほしい。

画面の中にはなかった「空間の重さ」や「光の温度」のようなものが、そこには確かにある。それは数値化できない、しかし住まいの心地よさを決定づける何かだ。

家づくりとは、結局のところ、抽象的な「要望」を物質的な「空間」へと翻訳する行為である。その翻訳の過程で、手を動かし、ものを作り、覗き込むという身体的な行為がどれほどの知恵をもたらすか——それを知ったとき、設計という営みの見え方が少し変わるのではないかと思う。あなたが住まいに求める「心地よさ」の正体は、もしかすると、手のひらに収まる小さな模型の中に、すでに宿っているかもしれない。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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