本質から逆算する設計——「箸はシンプルだから多機能だ」という建築の哲学

本質から逆算する設計
——「箸はシンプルだから多機能だ」という建築の哲学

河添 甚 建築家・一級建築士

本質から逆算する設計——「箸はシンプルだから多機能だ」という建築の哲学

一本の箸が教えてくれたこと

前職のプランテック時代、大江匡先生から一つの言葉を受け取った。

「箸はシンプルであるから多機能である」

箸は切る、挟む、刺す、すくう。これほど多様な動作を、一本の棒という極めてシンプルな形で実現している道具はほかにない。スプーンはすくうことに特化し、フォークは刺すことに特化する。機能を絞り込むほど、道具はその機能で優れる。しかし箸は逆で、形をシンプルにすることで、機能の幅を広げている。

この逆説は、建築においても同じように成立する。

機能を「足す」設計の落とし穴

建築の依頼を受けるとき、クライアントは多くの要望を持ってくる。開放的にしてほしい、でもプライバシーも守りたい。個室もほしいが、家族が集まれるような広さもほしい。現代的なのに、どこか懐かしい雰囲気で。

要望の一つひとつは正当だ。しかし、それをそのまま形に足していくと、建築は矛盾を抱えたまま膨らんでいく。部屋が増え、機能が増え、素材が増えるにつれて、建築は複雑になる。そして複雑になった建築は、どの機能も中途半端にしか果たせなくなる。

これは「形から入る設計」の典型的な問題だ。要求を満たすために形を足していく思考は、箸を切る道具に特化させ、さらにすくう機能を追加するために柄にスプーンをつけるようなことをする。結果として、どちらも使いにくい奇形ができあがる。

本質とは何か

では、本質から入る設計とはどういうことか。

それは、まず「この建築は何のためにあるか」を徹底的に問うことだ。住宅であれば、「そこに住む人が、時間をかけてどう暮らすか」という問いに尽きる。店舗であれば、「訪れた人がどのような経験をして帰るか」。その問いへの答えが、形のすべての根拠になる。

コンセプトと形が一致していない建築を、私は信用しない。見た目が美しくても、その形が何も意味していない建築には価値を見出せない。形は必ず、目的から導かれるべきだ。この考え方が、私が目的論者と自称する理由でもある。

削ぎ落とした建築ほど、長く使われる

この「シンプルさが多機能を生む」という逆説は、建築の歴史の中でくり返し証明されてきた。

余計なものを削り落とした空間は、特定の用途に縛られない。形が少ないほど、その空間は多様な使われ方に開かれていく。形が抑制されているから、使う人の想像の余地が生まれる。そして想像の余地がある空間は、時代が変わっても古びない。

反対に、機能を「足す」ことで豊かさを生もうとした建築は、時間が経つにつれて窮屈になる。専用のスペースは用途が変わると死ぬ。凝った仕掛けは老朽化すると負債になる。設計時に「すべてを解決しよう」とした建築ほど、時間の重さに耐えられない。

余白をつくることで、人の動きと空間の関係を曖昧に、しかし豊かにする。「なぜその形か」を問い続けることで形を削ぎ落とした建築ほど、人の生活の変化を静かに受け止め続ける。

本質を問う、ということ

建築の設計において本質を問うとは、要求を整理することではない。要求を一度括弧に入れ、「この場所で何が起きるべきか」という根本を問い直すことだ。

住宅設計でいえば、「何部屋必要か」という問いに答える前に、「その家族がどのような時間を過ごしたいか」を先に考える。その答えが明確であれば、部屋の数や配置は自ずと決まってくる。本質が明確なとき、形は迷わない。

箸が多機能なのは、箸の本質が「つかむ」という動作にあるからだ。その一点を徹底したとき、形はシンプルになり、応用範囲が広がった。建築においても同じことが起きる。本質から逆算された形は、時間の経過とともに様々な使われ方を受け入れ、長く在り続ける。

形を足すことで豊かさを生もうとする設計と、本質を問い続けることでシンプルに至る設計。その違いが、建築が時間を味方にできるかどうかを決める。

河添 甚 建築家・一級建築士

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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