境界の建築論——内と外の曖昧さが生む豊かさ

境界の建築論——
内と外の曖昧さが生む豊かさ

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

境界の建築論——内と外の曖昧さが生む豊かさ

建築を設計する際、私が最も時間をかけて考えるのは「境界」についてです。どこまでが内部で、どこからが外部なのか。この問いに対する答えは、住まう人の暮らしの質を大きく左右します。

多くの方は家を建てるとき、間取りや収納、キッチンの設備といった「中身」に意識が向きがちです。もちろんそれらは大切ですが、私は「内と外の境界をどう設計するか」こそが、その家の根本的な性格を決めると考えています。

日本建築が育んできた「あわい」の文化

日本の伝統的な建築には、内と外を明確に分けない独特の空間があります。縁側がその代表例でしょう。縁側は室内でもなく、庭でもない。雨がかからない程度に屋根の下にありながら、障子を開け放てば外気と一体になる。この曖昧な領域を、私は「あわい」と呼んでいます。

現代の住宅では、このあわいの空間がほとんど失われてしまいました。断熱性能や防犯への配慮から、住宅は堅固な殻のようになり、窓は閉じられたままになりがちです。もちろん、性能の向上は暮らしを快適にしますが、同時に何か大切なものを手放してしまったのではないか——そんな思いが私にはあります。

古民家の土間を思い出してください。土足のまま入れる土間は、外から続く延長でありながら、確かに屋根の下にある内部空間です。かつては近所の人がふらりと立ち寄り、土間で立ち話をする光景が日常でした。内でも外でもない場所があることで、人と人との関係もまた、硬くなりすぎずに済んでいたのです。

境界を曖昧にすることで生まれる広がり

私が設計した住宅の中に、リビングと庭の間に深い軒下空間を設けた事例があります。約2メートルほど軒を出し、その下に大きな掃き出し窓を設置しました。窓を開けると、軒下空間がリビングの延長となり、床のレベルもフラットに繋がっています。

この家に住み始めたご家族から、興味深い報告をいただきました。「リビングが実際の面積以上に広く感じる」というのです。20畳ほどのリビングでしたが、軒下空間と視覚的に繋がることで、体感としては30畳近い広さに感じるとおっしゃっていました。

これは単なる錯覚ではありません。人間の空間認識は、物理的な壁だけでなく、光や風、視線の抜けによって大きく左右されます。境界を曖昧にすることで、限られた床面積の中でも、豊かな広がりを手に入れることができるのです。

ただし、ここで注意すべきことがあります。曖昧さは無計画に生まれるものではありません。どこを曖昧にし、どこを明確に区切るか。その設計意図がなければ、単に中途半端で落ち着かない空間になってしまいます。

半透明という選択肢

境界を考えるとき、私がよく用いるのが「半透明」という概念です。完全に見えるわけでもなく、完全に遮断するわけでもない。光は通すが視線は柔らかく遮る。そんな中間的な状態を意図的につくり出すことで、空間に奥行きが生まれます。

具体的な素材でいえば、すりガラス、格子、簾、半透明のカーテン、あるいは植栽のグリーンカーテンなどがあります。これらは完全な壁とは異なり、向こう側の気配を感じさせながらも、プライバシーを確保してくれます。

以前、都市部の狭小住宅を設計した際、隣家との距離が1メートルもないという厳しい条件でした。通常であれば窓を最小限にし、閉じた空間をつくるところですが、私は逆の発想をとりました。隣家に面する壁に大きな開口を設け、そこに乳白色のポリカーボネートパネルをはめ込んだのです。

結果として、その住宅には柔らかな光が終日注ぎ込み、閉塞感のない明るい空間が実現しました。隣家の存在は感じつつも、直接見えるわけではない。この半透明の境界が、狭小地という制約を逆手にとった豊かさを生み出したのです。

段階的な移行がもたらす心理的効果

人間は、急激な変化よりも段階的な変化に安心感を覚えます。これは空間においても同様です。玄関から一歩入ってすぐにリビングが広がる家と、アプローチ、玄関ポーチ、土間的な空間を経てリビングに至る家。後者の方が、家に「帰ってきた」という実感が深いのではないでしょうか。

私はこれを「空間のグラデーション」と呼んでいます。公共の道路から、半私的なアプローチ、そして私的な室内へ。外から内へ移行する過程に、いくつかの段階を設けることで、人の心は徐々に外向きのモードから内向きのモードへと切り替わります。

現代の住宅では、限られた敷地の中でこのグラデーションをいかに確保するかが課題です。しかし、物理的な距離がなくても、床の素材を変える、天井高を変える、光の質を変えるといった方法で、心理的な段階を演出することは可能です。

ある住宅では、玄関から廊下にかけて徐々に天井高を上げていく設計をしました。玄関は2.2メートルと低く抑え、リビングに入ると3メートルの吹き抜けが広がる。この変化が、「家に入る」という行為に物語性を与え、住む人の日常に小さな儀式のような感覚をもたらしています。

境界は関係性のデザインである

建築における境界とは、つまるところ人と人、人と自然、人と社会との関係性をデザインすることに他なりません。

隣人の気配をどの程度感じたいのか。道行く人とどれだけ視線を交わしたいのか。自然の光や風をどこまで取り込みたいのか。これらの問いに対する答えは、住む人によって異なります。だからこそ、私たち建築家は施主との対話を通じて、その人らしい境界のあり方を探っていく必要があるのです。

完全に閉じた家が悪いわけではありません。都市部での暮らしにおいては、外部から守られた安心感が必要な場面も多いでしょう。しかし、閉じることだけが選択肢ではないこと、開くことと閉じることの間に無数のグラデーションが存在することを、私は設計を通じて伝えていきたいと考えています。

内と外の曖昧さは、時に不安定さと捉えられることもあります。しかしその不安定さこそが、空間に動きを与え、時間や季節の変化を感じさせ、住まいに生命を吹き込むのです。


あなたがこれから住まいを考えるとき、ぜひ一度立ち止まって考えてみてください。自分はどこまでを「内」としたいのか。外との境界線をどこに、どのように引きたいのか。その答えの中に、あなたらしい暮らしの形が見えてくるはずです。

東京の建築家・河添甚に相談する

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

NEXT STEP

境界を活かした住まいを
一緒に考えませんか

内と外の関係性を丁寧に設計することで、暮らしは驚くほど豊かになります。あなたの敷地に最適な境界のあり方を、対話から探ってみませんか。

コラム一覧へ