何もしない時間を、どこに置こう。
予定と予定のあいだに、少しだけ時間が余る。窓の外を見る。葉が揺れ、壁の上を影が通り過ぎる。手を伸ばした先の木に触れて、もう少しここにいようと思う。
30秒の映像詩「何もしない、をつくる。」は、そんな窓辺から始まる。窓の奥行き、腰をかける高さ、午後の光。小さな場所と、そこで過ごす時間の関係を描いた。
窓に、身体の居場所をつくる
図面のなかで、窓は一本の線に近い。けれども実際の空間には、壁の厚みがあり、窓枠があり、身体を近づけるための距離がある。その厚みを少し深くすると、窓辺に腰をかける場所が生まれる。
背中を預ける壁がある。足を下ろす先に床がある。庭を見る目の高さが、立っているときよりも低くなる。座るという動作を置くだけで、外の景色との関係が変わっていく。
窓辺のベンチを考えるときも、幅や奥行きだけでは決まらない。どちらから近づくか。座った先に何が見えるか。肩の近くに壁があるか。身体が落ち着く場所を、周囲との関係から探していく。
光を待つための、短い時間
部屋の明るさは、ひとつの状態にとどまらない。雲が通れば弱まり、葉が揺れれば細かな影が重なる。午後には、さっきまで床にあった光が、壁のほうへ移っている。
映像では、木の座面と壁の表面を近くから見つめている。光の角度によって、木目や左官の凹凸が少しずつ見えてくる。そこに座っている時間の長さが、素材の見え方にも重なる。
どれだけ大きな窓をつけるか。その前に、どこに座って、どちらを向きたいかを考えてみる。朝に湯気の立つカップを持つ場所と、夕方に本を閉じる場所では、欲しい光も違うはずだ。
使い方を、少し残しておく
間取りには、部屋の名前が並ぶ。食事をする場所、眠る場所、仕事をする場所。暮らしを支えるために必要な名前のあいだに、用途を決めきらない場所があってもいい。
本を読む日がある。洗濯物を畳む日がある。何も持たずに座る日もある。同じ窓辺が、その日の気分を受け止める。
何もしないために、大きな部屋が必要なわけではない。人の通り道から少し外れた位置や、窓際の小さな奥行きが、ひとりで過ごす場所になることもある。限られた面積のなかで、そんな余地をどう残すか。設計で考えたいのは、そのことだ。
何もしない、をつくる。
建築を考えるとき、そこにある物と同じくらい、そこで過ごす時間を想像したい。慌ただしい朝にも、ゆっくりした休日にも、ふと腰をかけられる場所がある。部屋を出る前に、一度だけ庭を見る。
そんな小さな行為を受け止める窓辺を、暮らしのなかにつくる。
何もしない時間を、どこに置こう。
窓を、少し深くする。
そこに腰をかけると、
光が動くのを、待てる。
暮らしには、
そんな場所が、ひとつあればいい。