商店街の空洞化——まちの記憶をどう継ぐか

商店街の空洞化——
まちの記憶をどう継ぐか

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

商店街の空洞化——まちの記憶をどう継ぐか

シャッターの向こうに眠るもの

地方都市の商店街を歩くと、かつては賑わいを見せたであろうアーケードの下、十軒のうち七軒がシャッターを下ろしているような光景に出会うことがある。残った数軒も、店主の高齢化が進み、いつまで続けられるかわからないという。

シャッターの隙間から中を覗くと、古い陳列棚や色褪せたポスターがそのまま残されていることがある。時間が止まったような空間。しかし、それは単なる「廃墟」ではない。そこには確かに、人々の営みの痕跡が刻まれている。

建築家として商店街に関わるとき、私はいつも「この場所には何が積み重なってきたのか」を最初に考える。建物の構造や老朽化の程度よりも先に、その空間が持つ「時間の厚み」を読み取ろうとする。なぜなら、商店街の空洞化という問題は、単に経済的な課題ではなく、まちの記憶が失われていくという、より根源的な問題だからだ。

商店街が担ってきた「見えない機能」

商店街は、商品を売り買いする場所としてだけ存在してきたわけではない。商店街の成り立ちを丁寧に観察すると、そこが持っていた「見えない機能」の重要性に気づかされることが多い。

たとえば、八百屋の店先は、近所の主婦たちの情報交換の場だった。魚屋の親父は、一人暮らしの高齢者が元気かどうかを、買い物の頻度で把握していた。駄菓子屋は、子どもたちにとって家でも学校でもない「第三の居場所」だった。

これらは建築図面には描かれない。用途地域の分類にも現れない。しかし、まちの暮らしを支える重要なインフラだった。商店街の空洞化とは、こうした「見えないセーフティネット」が静かに崩壊していく過程でもある。

私は住宅の設計においても、「見えない機能」を大切にしている。玄関先のちょっとした段差が近所の人との立ち話を生む。道路に面した窓が、緩やかな見守りの目になる。建築とは、人と人との関係性をデザインすることだと、商店街の姿から改めて教えられる。

「壊して建てる」だけが答えではない

商店街再生というと、老朽化した建物を取り壊し、新しい商業施設を建てるという手法がまず検討される。確かに、耐震性や防火性の観点から、建て替えが必要なケースは少なくない。しかし、私は「壊して建てる」という選択肢を、最後の手段として考えるようにしている。

たとえば、築数十年の元呉服店をコミュニティスペースに改修するようなケースがある。構造体が健全であれば、内装を最小限の手数で更新し、店舗だった空間を地域の人々が集まれる場所に変えることができる。

こうした改修を行った場所では、地元の方々から興味深い反応が返ってくることがある。「この柱、子どもの頃から見ていた」「この窓から差す光は変わらないね」。新築では決して得られない言葉だ。建物が残ることで、人々の記憶もまた、その場所につなぎ止められる。

もちろん、古い建物を残すことが常に正解ではない。しかし、「なぜ残すのか」「何を残すのか」という問いを丁寧に検討することで、まちの連続性を保ちながら更新していく道が見えてくる。

小さな「点」から始まる再生

商店街全体を一気に再生しようとすると、合意形成に時間がかかり、資金も膨大になる。私が最近意識しているのは、「点」から始める再生だ。

一軒の空き店舗を、若い世代が使いやすい形に改修する。シェアキッチンとして週末だけ開放する。アーティストのアトリエとして貸し出す。そうした小さな「点」が生まれると、隣の店舗にも変化が波及することがある。

たとえば、元金物店を週三日営業のコーヒースタンドに改修するようなケースを考えてみる。十五坪ほどの小さな空間でも、外に向かって大きく開く建具を設け、道行く人が自然と立ち寄れるようにする。元の建物が持っていた木製の引き戸の意匠を参照しながら、現代的な素材で再解釈する。そうした手法が有効だ。

こうした店が根づくと、周囲では少しずつ変化が起きていく。隣の空き店舗を借りたいという問い合わせが来たり、向かいの店主がファサードを塗り直したり。一つの「点」が、周囲に緩やかな影響を与え始める。

建築家にできることは限られている。しかし、戦略的に「点」を打つことで、まち全体の流れを変えるきっかけを作ることはできる。

記憶の「翻訳者」としての建築家

私は、商店街の再生に関わる建築家の役割を、「記憶の翻訳者」だと考えている。

まちには、長い時間をかけて蓄積された記憶がある。それは建物の形態に、路地の幅に、看板の色使いに、無意識のうちに刻まれている。しかし、そうした記憶は言語化されていないことが多い。地元の人々にとっては「当たり前」すぎて、改めて語られることがない。

建築家は、外部の視点からその「当たり前」を発見し、言葉にし、新しいデザインに「翻訳」することができる。たとえば、商店街特有のヒューマンスケール——間口が狭く奥行きが深い店舗の形式——は、現代のシェアオフィスやコワーキングスペースに応用できる。軒先で立ち話ができる「半屋外空間」の知恵は、新しいコミュニティ施設のデザインに活かせる。

記憶を「保存」するのではなく、「翻訳」して次の世代に手渡す。それが、まちの連続性を保ちながら更新していくということだと、私は考えている。

空洞の先に見えるもの

商店街の空洞化は、確かに深刻な問題だ。しかし、私は「空洞」という言葉のネガティブな響きに、少し抵抗を感じている。

空洞とは、何もない空間ではない。それは、新しいものが入り込む余地があるということだ。かつての賑わいが失われた場所には、これまでとは異なる使い方の可能性が生まれている。

住居と店舗が混在する職住近接の暮らし方。週に数日だけ開く「半分だけの商売」。複数の人がシェアする「時間割のある店舗」。従来の商店街の枠組みでは考えられなかった使い方が、空洞化した商店街だからこそ実験できる。

大切なのは、まちの記憶を継ぎながら、新しい可能性に開いていくことだ。過去に縛られるのでもなく、過去を否定するのでもなく、過去と対話しながら未来を構想する。

あなたの住むまちにも、かつて賑わった商店街があるだろうか。シャッターの下りた店舗を、ただ「衰退の象徴」として見るのではなく、「これから何が生まれうる場所か」という視点で眺めてみてほしい。まちの記憶を継ぐ主体は、建築家だけではない。そこに暮らす一人ひとりが、記憶の継承者になりうるのだから。

建築家・河添甚のプロフィール

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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