漆喰と珪藻土が変える室内の空気感

漆喰と珪藻土が変える
室内の空気感

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

漆喰と珪藻土——自然素材の内壁が変える空気感

自然素材で仕上げられた住宅に初めて足を踏み入れたとき、多くの方が「空気が違う」とおっしゃいます。窓を開けているわけでもなく、特別な換気システムを導入しているわけでもない。その違和感の正体が、壁に塗られた漆喰や珪藻土であることに気づく方は、実はそう多くありません。

建築の世界に身を置いて20年以上、私は素材選びの重要性を繰り返し実感してきました。中でも内壁の仕上げ材は、住む人の暮らしの質を静かに、しかし確実に左右するものです。今回は、自然素材の代表格である漆喰と珪藻土について、実務経験を踏まえながらお話ししたいと思います。

壁は「呼吸する皮膚」である

私たちは住宅の壁を、単なる空間の仕切りとして捉えがちです。しかし私は、壁を建物の「皮膚」として考えています。人間の皮膚が呼吸し、体温調節を行い、外界との境界でありながら交流の場でもあるように、壁もまた室内環境と密接に関わっているのです。

ビニールクロスに覆われた現代の住宅は、いわば「ラップで包まれた」状態にあります。確かにメンテナンスは楽ですし、施工コストも抑えられます。しかしその代償として、私たちは壁が本来持っていた調湿機能や空気浄化機能を失ってしまいました。

漆喰や珪藻土といった自然素材の壁は、この「呼吸する皮膚」としての機能を取り戻してくれます。湿度が高いときには水分を吸収し、乾燥しているときには放出する。この当たり前のようでいて、実は高度な性能が、住空間の快適さを根本から変えるのです。

漆喰の魅力——時を重ねて深まる美しさ

漆喰は、石灰を主原料とする日本の伝統的な左官材料です。私が漆喰を好んで使う理由は、その経年変化の美しさにあります。

新築時の漆喰壁は、真っ白で清潔感があります。しかし本当の美しさは、5年、10年と時を経てから現れます。微細なひび割れが独特の表情を生み出し、光の当たり方によって陰影が深まっていく。これは工業製品には絶対に真似できない、自然素材ならではの魅力です。

たとえばリビングの壁全面に漆喰を採用した住宅では、住まい手が「年々、壁が好きになっていく」とおっしゃることがあります。時間とともに価値が減じていくのではなく、むしろ深まっていく——これこそが本物の素材の証だと私は考えています。

漆喰のもう一つの特徴は、強アルカリ性であることです。pH12前後という高いアルカリ性は、カビの発生を抑制し、消臭効果も発揮します。かつて日本の蔵が漆喰で塗られていたのは、大切な収蔵品を湿気やカビから守るためでもありました。この先人の知恵を、現代の住宅に活かさない手はありません。

珪藻土が生む「やわらかな空気」

一方、珪藻土は植物性プランクトンの化石を主原料とする塗り壁材です。漆喰と比較したとき、その最大の特徴は調湿性能の高さにあります。

珪藻土の表面には無数の微細な穴が開いており、この多孔質構造が驚異的な吸放湿性能を生み出します。一般的に、珪藻土の吸湿量は漆喰の5〜6倍とも言われています。梅雨時のジメジメした空気、冬場の過乾燥——日本の四季がもたらす湿度変化を、珪藻土の壁は静かに緩和してくれるのです。

たとえば寝室の壁に珪藻土を採用した住宅では、冬場の乾燥期に加湿器をほとんど使わなくなったという声をよく耳にします。アレルギー体質で喉の痛みに悩まされていた方が、「朝起きたときの空気が違う」とおっしゃる——こうした感想は、設計者として何より嬉しい言葉です。

珪藻土の壁に触れると、ほのかに温かみを感じます。これは多孔質構造による断熱効果と、素材本来の質感によるものです。私はこれを「やわらかな空気」と呼んでいます。数値では測れないけれど、確かに存在する心地よさ——それを生み出せるのが、自然素材の力なのです。

漆喰と珪藻土、どちらを選ぶべきか

「漆喰と珪藻土、どちらがおすすめですか」——設計の打ち合わせで、私はこの質問を何度も受けてきました。正直に申し上げると、一概にどちらが優れているとは言えません。それぞれに長所があり、適した場所が異なるのです。

私の経験則では、玄関やリビング、和室など「見せる空間」には漆喰を、寝室や子ども部屋、洗面室など「機能性を重視したい空間」には珪藻土を勧めることが多いです。漆喰の凛とした白さと光の反射は、人を迎え入れる空間にふさわしい。一方、珪藻土のやさしい質感と高い調湿性能は、長時間過ごすプライベート空間に適しています。

また、予算との兼ね合いも現実問題として考慮する必要があります。自然素材の塗り壁は、ビニールクロスと比較すると施工費用が2〜3倍かかるのが一般的です。しかし私は、家全体を自然素材で仕上げることが難しい場合でも、せめて寝室だけは検討していただきたいとお伝えしています。人生の3分の1を過ごす場所だからこそ、その空気の質にはこだわる価値があるのです。

職人の手仕事が生む唯一無二の壁

漆喰も珪藻土も、左官職人の手で塗り上げられます。この「手仕事」という要素を、私は非常に大切にしています。

工業製品のクロスは、どこで誰が貼っても同じ仕上がりになります。均質であることが品質の証とされる現代において、それは確かに一つの価値でしょう。しかし私は、その均質さにどこか物足りなさを感じてしまうのです。

左官職人が鏝(こて)を動かすとき、そこには職人の呼吸が宿ります。力の入れ加減、鏝の角度、塗りつけるスピード——すべてが職人の身体を通じて壁に刻まれていく。だからこそ、同じ素材、同じ職人であっても、二つとして同じ壁は生まれません。

長年の経験を積んだ左官職人が塗った壁には、言葉では説明できない深みがあります。それは何十年にもわたって鏝を握り続けてきた人間だけが到達できる境地なのでしょう。このような職人の技術を次世代に継承していくためにも、自然素材の壁を選ぶことには意義があると私は考えています。

五感で確かめる建築体験のすすめ

カタログやウェブサイトで素材を選ぶ時代になりました。確かに情報収集の効率は格段に上がりましたが、私は建築素材に関しては、必ず実物に触れていただきたいとお願いしています。

漆喰の壁に手のひらを当てたときの、ひんやりとした感触。珪藻土の壁から伝わる、かすかな温もり。そして何より、自然素材で仕上げられた空間に一歩足を踏み入れたときの、あの「空気が違う」という身体的な実感——これらは写真やサンプルでは決して伝わりません。

私の事務所では、素材を検討されているお施主様に、実際に自然素材を使った住宅を見学していただく機会を設けています。文字や数値で説明するよりも、五感で体験していただく方が、はるかに本質的な理解につながると確信しているからです。

これから住宅を建てようとお考えの方、あるいはリノベーションを検討されている方に、私からお願いがあります。どうか一度、漆喰や珪藻土で仕上げられた空間を訪れてみてください。モデルハウスでも、完成見学会でも構いません。そこで深呼吸をし、壁に触れ、しばらく佇んでみてください。

その空気感が、あなたの暮らしに必要かどうか——その答えは、きっとあなたの身体が教えてくれるはずです。

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河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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