鉄の細工——建築における金属の表現

鉄の細工——
建築における金属の表現

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

鉄という素材が持つ、矛盾した魅力

建築の世界で「鉄」という素材ほど、矛盾を内に抱えたものはないと私は思っている。鉄は硬い。強い。構造を支え、巨大な建築を可能にする。その一方で、鉄は錆びる。朽ちる。時間の経過をこれほど正直に表面に刻む素材も珍しい。この強さと儚さの同居こそが、建築における金属の表現を奥深いものにしている。

住宅の設計において、私が鉄をどう扱うかを考えるとき、まず頭に浮かぶのは「量」ではなく「線」である。鉄は線になれる素材だ。木のように面で空間を覆うのではなく、細い一本の線として空間の中に存在できる。階段の手すり、窓のフレーム、棚を支えるブラケット——鉄はそうした「線」として建築に介入し、空間に緊張感と軽やかさを同時にもたらす。この特性を活かすか殺すかで、住宅の空気は大きく変わる。

手仕事としての鉄——鍛冶の記憶

現代の建築で使われる鉄の多くは、工場で精密に加工されたものだ。レーザーカットされ、均一に塗装され、寸分の狂いなく現場に届く。それ自体は素晴らしい技術だが、私はときどき、そうした均質さの中に物足りなさを感じることがある。

鍛冶屋の仕事を見たことがあるだろうか。赤く焼けた鉄を槌で叩き、少しずつ形を与えていく。その工程で生まれる表面の凹凸、微妙なねじれ、ハンマーの痕跡——それらは「不均一」であるがゆえに、光の当たり方が場所によって変わる。朝の光と夕暮れの光で、まったく違う表情を見せる。私が住宅の中に鍛鉄の要素を取り入れるとき、期待しているのはまさにこの「表情の変化」だ。

一般的に、玄関ドアの取っ手や階段の手すりに鍛鉄を用いた住宅では、住まい手が日々その表面に触れることになる。手のひらが鉄に触れ、鉄が少しずつ手の脂で変化していく。こうした経年変化は「劣化」ではなく「成熟」と呼ぶべきものだと私は考えている。

錆をどう捉えるか——コールテン鋼という選択

鉄と錆の関係は、建築家にとって避けて通れないテーマだ。通常、錆は防ぐべきものとされる。塗装し、メッキし、あらゆる手段で鉄を水と酸素から遠ざける。だが、錆をあえて「仕上げ」として受け入れるという考え方もある。

コールテン鋼(耐候性鋼)はその代表例だ。表面に安定した錆の層を形成し、それが内部の腐食を防ぐ。赤褐色の表面は時間とともに深みを増し、周囲の植栽や木材との調和が驚くほど美しい。私がこの素材に惹かれるのは、錆という現象を敵とせず、味方につけるという発想の転換があるからだ。

ただし、住宅での使用には注意が必要になる。雨水で錆が流れ、コンクリートや石材を汚すことがある。洗濯物に触れれば衣服が汚れる。こうした実務的な課題を丁寧に解決してこそ、素材の魅力は活きる。素材に惚れ込むことと、素材の弱点を直視することは、設計者にとって常にセットでなければならない。

スチールサッシが変える窓辺の風景

住宅において鉄の存在感が最も際立つ場所のひとつが、窓である。近年、スチールサッシへの関心が高まっていることを実感している。アルミサッシが持つ均質な軽さとも、木製サッシが持つ温かみとも異なる、独特の「芯の通った」印象がスチールサッシにはある。

スチールサッシの最大の魅力は、フレームの細さだ。鉄は強度が高いため、同じ耐力を確保するのにアルミよりも細い断面で済む。その結果、窓のフレームが限りなく細い線になり、室内から見たとき、まるで風景が一枚の絵画のように切り取られる。私がスチールサッシを提案するとき、「この窓は額縁です」という言い方をすることがある。それは比喩ではなく、実際にそう機能するのだ。

一方で、スチールサッシには断熱性能の課題がある。鉄は熱を伝えやすい。結露のリスクも高い。寒冷地では特に慎重な検討が必要になるし、ペアガラスやトリプルガラスとの組み合わせ、熱橋対策としてのサーマルブレイク構造の採用など、技術的な工夫が不可欠だ。美しさだけでは住宅は成り立たない。性能と表現のバランスをどこに置くかは、設計者と住まい手が一緒に考えるべき問題である。

鉄と他素材の「対話」をつくる

私が鉄を使うとき、最も意識するのは「鉄だけで完結させない」ということだ。鉄は他の素材と出会ったとき、互いの特性を引き立て合う力を持っている。

たとえば、無垢のオーク材のテーブルに鉄の脚を合わせる。木の柔らかさと鉄の硬さが対比され、どちらの存在もより鮮明になる。漆喰の白い壁面に黒皮鉄のブラケットが一本走る。その黒い線が壁の白さを際立たせ、壁がブラケットの存在感を支える。こうした素材同士の「対話」をいかに設計するかが、空間の質を左右する。

逆に、鉄だけで空間を構成しようとすると、冷たく、無機質で、人を寄せつけない雰囲気になりやすい。商業施設やギャラリーではそれが効果的な場合もあるが、住宅においては慎重であるべきだ。住宅は人が毎日帰ってくる場所であり、身体を休める場所だ。鉄の緊張感と、木や土や布の弛緩が適切に混ざり合うことで、はじめて「居心地」が生まれる。

私はよく「素材にはそれぞれ声がある」という言い方をする。鉄の声は低く、硬く、どこか孤独だ。その声だけが響く空間は美しくはあっても、長くは居られない。他の素材の声と合わさったとき、鉄の声はようやく「音楽」になる。

鉄が問いかけるもの

住宅に鉄をどう取り入れるかという問いは、突き詰めれば「時間とどう向き合うか」という問いに行き着く。鉄は時間を記録する素材だ。錆びること、擦れること、手垢がつくこと——そのすべてが時間の痕跡であり、暮らしの痕跡である。

新築の瞬間が最も美しい家と、歳月を重ねるほど味わいを増す家がある。私は後者をつくりたいと常に思っている。鉄という素材は、その志向と深く結びついている。

あなたがもしこれから家を建てるなら、ぜひ一度、鉄に触れてみてほしい。ホームセンターの鉄骨ではなく、できれば鍛冶屋や金属加工の工房を訪ねてみてほしい。赤く熱された鉄が形を変えていく瞬間に立ち会えば、この素材が持つ生命力のようなものを、きっと手のひらで感じ取れるはずだ。その感覚が、あなたの住まいに一本の鉄の線を引く勇気を与えてくれるかもしれない。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

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