タイルの表情——床と壁が語る建築の個性

タイルの表情——
床と壁が語る建築の個性

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

タイルの表情——床と壁が語る建築の個性

建築の仕事をしていると、素材との対話に多くの時間を費やすことになる。木、石、コンクリート、ガラス——どの素材にもそれぞれの言葉がある。しかし、その中でもタイルという素材は、ひときわ饒舌だと私は感じている。一枚一枚は小さく、控えめな存在でありながら、集合体となったとき、空間全体の空気を決定づけてしまう力を持っている。

住宅を設計する際、クライアントとの打ち合わせで「タイルを使いたい」という要望をいただくことは少なくない。しかし、その一言の裏にある期待は実にさまざまだ。清潔感のある白いキッチン壁を想像する方もいれば、ヨーロッパの古い街並みのような床を夢見る方もいる。タイルという素材が持つ振れ幅の大きさ——それ自体が、この素材の魅力を物語っている。

一枚のタイルに宿る時間

タイルは焼き物である。この事実を、私たちはつい忘れがちだ。土を練り、形を整え、釉薬をかけ、窯で焼く。その工程は陶芸と本質的に変わらない。だからこそ、タイル一枚一枚には微妙な色の揺らぎや質感の差異が生まれる。工業製品として均質性が高まった現代においても、優れたタイルにはその「焼き物としての記憶」が刻まれている。

私が設計した住宅で、常滑(とこなめ)の窯元に特注したタイルを玄関土間に使ったことがある。釉薬のかかり方が一枚ごとに異なり、雨の日には表面にわずかな光沢の変化が生まれる。住まい手からは「毎日玄関を通るたびに、違う表情が見える」という言葉をいただいた。この「毎日の差異」こそ、タイルという素材が空間に与える最大の贈り物だと思う。

床のタイル——地面と身体の接点をデザインする

床にタイルを用いるとき、私が最も意識するのは「足裏の感覚」だ。建築の図面はどうしても視覚的な情報が中心になるが、実際の暮らしでは触覚が空間の印象を大きく左右する。

たとえば、テラコッタタイルを素足で踏んだときのやわらかな温もり。磁器質タイルのひんやりとした硬質感。同じ「タイルの床」でも、身体が受け取るメッセージはまったく異なる。夏の暑い日にリビングの磁器質タイルの上を歩く心地よさは、他の素材では得がたいものだ。一方で、冬場の冷たさをどう克服するかは設計上の課題になる。床暖房との組み合わせはもちろん有効だが、タイルの厚みや素地の密度によって熱の伝わり方が変わるため、選定には慎重さが求められる。

もうひとつ、床タイルで見落とされがちなのが目地の存在だ。目地幅を3ミリにするか5ミリにするか、目地の色をタイルに近づけるか対比させるか。これだけで床面の印象は劇的に変わる。目地を限りなく細くすれば、タイルの面が連続して広がり、空間に静謐さが生まれる。逆に目地をあえて太く取り、色を変えれば、一枚一枚のタイルの存在感が際立ち、リズミカルな表情が生まれる。私は設計の最終段階で、現場にタイルを並べて目地幅の検討を行うことが多い。図面上の数ミリの差が、実空間では驚くほどの違いを生むからだ。

壁のタイル——光を受け止める面として

壁にタイルを使うとき、床とは異なる視点が必要になる。壁は光を受ける面であり、人の目線と正面から向き合う面でもある。だから壁タイルにおいては、「光との関係」が設計の核になる。

釉薬の種類によって、タイルの光の受け止め方は千差万別だ。マットな釉薬は光を吸い込み、しっとりとした陰影を生む。光沢釉は光を反射して空間に明るさと奥行きを与える。私が特に好んで使うのは、半光沢——マットでも光沢でもない中間の質感を持つタイルだ。このタイプのタイルは、朝の柔らかい光と夕暮れの橙色の光で、まったく違う表情を見せてくれる。

以前、キッチンのバックウォールに手づくりの白いタイルを採用したプロジェクトがあった。一枚ずつ手作業で成形されたタイルは、表面にわずかな凹凸があり、光の当たる角度によって一部が明るく、一部が影になる。均一な白ではなく、無数の白が折り重なるような壁面が出来上がった。クライアントは当初「ただの白いタイルでいい」とおっしゃっていたが、完成した壁を見て「この白は生きている」と表現された。建築家として、こういう瞬間に立ち会えることは何にも代えがたい喜びだ。

選ぶ楽しさと、選ぶ難しさ

タイルの世界は広い。国産タイルだけでも、愛知県の常滑、岐阜県の多治見・笠原、滋賀県の信楽と、各産地に特色がある。さらにイタリア、スペイン、ポルトガル、モロッコといった海外のタイルまで視野に入れれば、その選択肢はほとんど無限に近い。

これは楽しさであると同時に、難しさでもある。私のもとにも「ネットで見て気に入ったタイルがあるのですが」とサンプル画像を持ってこられるクライアントが増えた。画像で見るタイルと実物では、印象がまるで違うことが多い。画面では鮮やかに見えたブルーのタイルが、実物を手に取ると意外とくすんでいたり、逆に地味に見えたグレーのタイルが実空間に張ると深い陰影を生み出したりする。

だからこそ私は、タイル選びの際には必ずショールームや産地に足を運ぶことをお勧めしている。可能であればサンプルを複数枚借りて、実際の光環境の中で確認する。朝の光、昼の光、照明の光。同じタイルが三つの顔を見せるはずだ。

経年がもたらす、もうひとつの表情

タイルに対して「メンテナンスが楽」というイメージを持つ方は多い。確かに、木材のように反ったり割れたりすることは少なく、汚れも比較的落としやすい。しかし私は、タイルの本当の魅力はむしろ「経年変化」にあると考えている。

無釉のテラコッタタイルは、年月を経るごとに表面に生活の痕跡が染み込み、色が深くなっていく。釉薬のかかったタイルでも、表面の微細な傷や目地の変化によって、新築時とは異なる味わいが生まれる。これは劣化ではなく、成熟だ。住まい手と建築が共に時間を重ねていく——その証としてのタイルの変化を、私は肯定的に捉えている。

ある住宅のリノベーションで、昭和初期に張られたモザイクタイルが発見されたことがある。小さな丸い陶片が規則正しく並んだその壁面は、80年以上の歳月を経てなお美しく、むしろ当時のままでは得られない深みを湛えていた。クライアントと相談の上、そのタイルをそのまま残し、新しい空間に組み込む設計とした。古いタイルと新しい素材が隣り合うことで生まれる時間の重層性は、その住宅にしかない唯一無二の個性となった。

タイルは空間の「声」になる

建築をつくるとき、私はいつも「この空間はどんな声で語りかけるべきか」と考える。静かに語る空間か、力強く主張する空間か。タイルはその「声」を形づくる重要な要素だ。

冷たく硬い声もあれば、温かくやわらかい声もある。規則正しいリズムで語る声もあれば、即興的で自由な声もある。大切なのは、その声が住まい手の暮らしと響き合うかどうかだ。

もしあなたがこれから住まいをつくろう、あるいは住まいを変えようと考えているなら、一度タイルに触れてみてほしい。ショールームでも、街角の古い建物でも、旅先の路地裏でもいい。指先で表面をなぞり、光の中で色の変化を観察し、その一枚がどんな空間をつくりたいと語っているか、耳を傾けてみてほしい。タイルの声が聞こえたとき、あなたの住まいの個性が、きっとひとつ見えてくるはずだ。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

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