ネガティブスペース——空虚が生み出す豊かさの設計論

ネガティブスペース——空虚が生み出す豊かさの設計論

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

何もない場所に、息をする空間がある。

インテリア雑誌を眺めていると、ため息の出るような部屋がある。家具が少なく、モノが見当たらず、ただ光だけが床を這っている。あの静けさはどこから来るのか。

余白とは、設計しないことではない。余白を設計するとは、何を置かないかを決める行為だ。

「間(ま)」という日本の空間感覚

日本語に「間」という言葉がある。空間と時間の両方を指す、他の言語に翻訳しにくい概念だ。

「間が悪い」「間合いをとる」「間取り」——日常語の中に、この感覚は深く染み込んでいる。建築においての「間」は、ただの空白ではない。存在と存在のあいだにある、張り詰めた空気のことだ。

茶室を例に挙げよう。千利休が完成させた茶室は、現代の目で見ると異様なほど小さく、何もない。床の間に一輪の花、一枚の掛け軸。それだけだ。しかしその空間に入ると、不思議と圧迫感がない。むしろ、どこまでも広がるような感覚すらある。

これが「間」の力だ。何も置かれていないことで、空間は想像力で満たされる。

引き算の設計論

私が設計で必ず自問することがある。「これは本当に必要か」。

住宅の設計では、施主の要望を一度全部書き出す。収納、書斎、趣味部屋、ゲスト用の和室——リストは膨らんでいく。しかしそこから、「なくてもいいもの」を慎重に取り除いていく作業が始まる。

これを施主に説明するのは難しい。「機能を削る」という言葉は、サービスの低下に聞こえる。だから私はこう言い換える。「空間を豊かにするために、モノを減らしましょう」と。

部屋の中のソファが一脚になると、その一脚の存在感が増す。壁に何も掛けなければ、壁そのものが語り始める。窓の前に家具を置かなければ、光が主役になる。

「何を置くか」より「何を置かないか」——この視点から、空間の相談を承っています。初回相談は無料です。

余白が生む「余地」

余白には実用的な機能もある。それは「余地」だ。

子どもが生まれる前の家に、将来の子ども部屋を作り込んでしまうと、その空間は固定される。しかし「今は余白として使う部屋」を設けておけば、子どもの成長に合わせて変化できる。10年後の暮らしを予測するより、変化できる空間を設計する方が、長く住み続けられる家になる。

同じことは、どの部屋にも言える。空間に余白があれば、そこに新しい意味が宿る余地が生まれる。「この場所、何かできそう」という感覚——それを設計で残しておくことが、豊かな住まいの条件のひとつだと思っている。

少ない素材で語る空間

余白の設計は、素材の選択とも深く関わる。

素材の種類が多すぎると、空間は落ち着かない。タイル、フローリング、壁紙、大理石——それぞれが主張し始め、空間のトーンが定まらない。私が設計する住宅では、使う素材の種類をできる限り絞るようにしている。多くても3〜4種類。同じ素材を天井から床まで連続して使うことで、空間に一体感が生まれる。

素材を絞ることは、余白を作ることと同義だ。引き算の姿勢が、空間全体に流れ込む。

光こそが最大の「素材」

余白が真価を発揮するのは、光が入ったときだ。

何もない白い壁に、朝の光が斜めに差し込む。その場所だけが金色に輝く。窓の外の木の葉が揺れ、光の模様が床を走る。これを演出しようとして家具を並べたら、光の動きは遮られてしまう。

余白は、光のための舞台だ。何もないからこそ、光が語れる。時間の流れを、空間が受け取れる。

設計者として、私が最終的に目指しているのはそこだ。完成した瞬間に「完成した」と感じる家ではなく、住むほどに豊かになる家。余白がある家は、暮らしを受け入れる器になる。

何も置かないことは、最も贅沢な設計だ。

東京の建築家・河添甚に相談する

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

NEXT STEP

東京の建築家に相談する

初回相談無料。土地・予算が決まっていなくても大丈夫です。

コラム一覧へ