日本建築とは何か——形を超えた思考の継承

日本建築とは何か——
形を超えた思考の継承

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

日本建築の伝統と現代——継承と革新のあいだ

建築家として二十年以上、住宅や公共建築の設計に携わってきた。その中で常に私の頭の片隅にあるのは、「日本の建築とは何か」という問いである。グローバル化が進み、建材も工法も世界中で共有される時代に、あえて「日本」を意識することに意味があるのか。私なりの答えを、ここに記してみたい。

伝統とは「形」ではなく「思考」である

日本建築の伝統というと、多くの方は瓦屋根や障子、畳の部屋を思い浮かべるだろう。確かにそれらは日本建築を象徴する要素だが、私はそうした「形」だけを継承することには慎重でありたいと考えている。

数年前、ある住宅のプロジェクトで、お施主様から「和モダンの家にしたい」というご要望をいただいた。打ち合わせを重ねる中で見えてきたのは、お施主様が本当に求めていたのは「畳の間がある家」ではなく、「季節の移ろいを感じられる暮らし」だった。最終的に私たちは、伝統的な和室を設けるのではなく、大きな開口部から庭の緑を眺められるリビングを提案した。床は無垢のナラ材、天井は杉の羽目板で仕上げ、軒を深く出して夏の強い日差しを遮りながら、冬は陽光が奥まで差し込む設計とした。

竣工後、お施主様は「最初に思い描いていた和風の家とは違うけれど、これこそ自分が求めていた日本の暮らしだ」とおっしゃった。この経験は、伝統の継承とは形の模倣ではなく、その奥にある思考や価値観を現代の文脈で再解釈することだと、私に教えてくれた。

日本建築が育んできた「境界」の知恵

日本の伝統建築には、西洋建築とは異なる空間構成の原理がある。その最たるものが「境界」の扱い方だ。

西洋建築では、壁によって内と外、部屋と部屋を明確に分ける。それに対して日本建築は、縁側、土間、障子といった「あいだ」の空間を巧みに用いてきた。完全に閉じるのでもなく、完全に開くのでもない。その曖昧さこそが、日本の気候風土や社会のあり方と響き合ってきた。

私が設計する住宅でも、この「境界の曖昧さ」は意識的に取り入れている。たとえば、玄関を入ってすぐリビングに通じるのではなく、小さな土間や坪庭を介在させる。外から帰ってきた家族が、いきなり私的な空間に入るのではなく、一度「あいだ」を通ることで心身の切り替えが生まれる。これは機能的な要請というより、日本人の感覚に根差した空間作法である。

現代の住宅はセキュリティや断熱性能の観点から、どうしても閉鎖的になりがちだ。しかし、ガラスの使い方や段差の設け方、素材の切り替えなど、さまざまな手法で「閉じながら開く」ことは可能だ。ハイスペックな断熱サッシを用いて大開口を実現し、軒下にテラスを設けることで、高性能と開放感を両立させた事例も少なくない。

地域の気候風土と向き合う

もう一つ、私が伝統から学んでいるのは、その土地の気候風土と真摯に向き合う姿勢である。

かつての民家は、地域ごとに大きく異なっていた。雪深い地方では急勾配の屋根を架け、高温多湿な地方では風通しを最優先した。地元で採れる木材や石、土を用い、何世代にもわたって培われた知恵を形にしてきた。そこには「自然を支配する」という発想はなく、「自然と折り合いをつける」という謙虚さがあった。

現代は空調技術や断熱材の進歩により、どんな気候でも快適な室内環境を実現できる。それ自体は素晴らしいことだが、エネルギーを使って自然を遮断する方向に傾きすぎていないか、と思うことがある。

私の事務所では、設計に入る前に必ず敷地の微気候を丁寧に読み解くようにしている。夏と冬の太陽高度、卓越風の方向、周囲の建物や植生の影響。そうした観察から得られた情報を元に、パッシブな手法で快適性を確保し、足りない部分を設備で補う。これは伝統的な民家の発想そのものだ。

先日竣工した郊外の住宅では、南側に大きな庭を取り、その向こうに雑木林が広がるロケーションを活かした。リビングの南面は全面ガラスとし、軒を一・八メートル出すことで夏は日射を遮り、冬は日差しを取り込む。北側には最小限の開口とし、水回りを配置した。その結果、エアコンの稼働時間は周囲の住宅の半分以下になったという。

新しい素材と技術、そして伝統

ここで誤解のないように申し添えたいのは、私は「昔に戻れ」と言いたいのではない、ということだ。むしろ、新しい素材や技術を積極的に取り入れることで、伝統の精神をより高い次元で実現できると考えている。

たとえばCLT(直交集成板)という素材がある。これは木材を縦横に重ねて圧着したパネルで、軽量でありながら高い強度を持つ。日本は国土の七割を森林が占める世界有数の森林国だが、林業の衰退により多くの人工林が放置されている。CLTをはじめとする新しい木質建材は、こうした国産材の活用を促進し、森林の循環を取り戻す可能性を秘めている。

私は最近、CLTを構造材に用いた二階建て住宅を設計した。従来の木造軸組工法では難しかった大空間を、パネル工法で実現している。木の温かみに包まれた空間は、住む人に「これこそ日本の家だ」という感覚を与えるようだ。最新の技術と日本の木の文化が出会うとき、そこには新しい伝統が生まれる。

同様に、コンピュテーショナルデザインと呼ばれる手法も注目している。コンピュータによるシミュレーションで、通風や採光、構造を最適化する技術だ。これを用いれば、感覚だけに頼らず、伝統建築の知恵を定量的に検証しながらデザインに反映できる。伝統と革新は対立するものではなく、むしろ革新によって伝統の本質が見えてくることもある。

住まい手とともに紡ぐ「新しい日本」

建築は建築家が一人で作るものではない。住まい手がそこで暮らし、庭の木を育て、季節ごとに建具を入れ替え、やがて次の世代へと引き継いでいく。そうしたプロセス全体が「建築」なのだと、私は考えている。

日本には「見立て」という美意識がある。小さな石に大きな山を見る、一輪の花に季節を感じる。同じように、住まいの中に日本を「見立てる」ことができる感性を、住まい手と共有したい。それは必ずしも和室を作ることでも、掛け軸を飾ることでもない。素材の経年変化を楽しむこと、窓から見える空の色に季節を感じること、家族の成長に合わせて空間の使い方を変えていくこと。そうした暮らしの中に、日本建築の伝統は息づいていく。

次の百年に向けて

私たちは今、気候変動や人口減少、技術革新といった大きな変化の只中にいる。建築もまた、その影響から逃れることはできない。だからこそ私は、先人たちがどのように変化と向き合い、何を守り、何を変えてきたかに学びたいと思う。

日本建築の伝統は、決して博物館に収められるべき遺産ではない。それは現在進行形で更新され続ける、生きた知恵の体系だ。私たち建築家の役割は、その知恵を正しく理解し、現代の技術と生活様式に翻訳し、未来へと手渡していくことだろう。

あなたがもし家づくりを考えているなら、ぜひ一度、「自分にとっての日本らしさとは何か」を問いかけてみてほしい。それは形の話ではなく、暮らし方の話であり、価値観の話だ。その問いが、あなただけの「新しい日本の家」を見つける手がかりになると、私は信じている。

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河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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