土間が住まいに与える豊かさとは

土間が住まいに
与える豊かさとは

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

土間のある住まい——内と外をつなぐ空間の再考

忘れられた「中間領域」の価値

住宅の設計依頼を受けるとき、クライアントから「土間が欲しい」という要望をいただくことが増えています。この傾向は、ここ10年ほどで顕著になってきました。私はこの変化を、単なる懐古趣味やトレンドとして片付けることができません。むしろ、現代の住まい手が本能的に求めている「何か」が、そこに凝縮されているように感じています。

かつて日本の民家には、当たり前のように土間がありました。農作業の道具を置き、野菜の泥を落とし、近所の人が気軽に立ち寄る場所。それは「家の中」でも「外」でもない、独特の領域でした。しかし戦後の住宅政策の中で、効率性や衛生観念が優先され、土間は住宅から姿を消していきました。玄関は靴を脱ぐためだけの最小限のスペースとなり、内と外は明確に分断されることになったのです。

現代において土間が再び求められている背景には、この「分断」への無意識の違和感があるのではないでしょうか。私たちの暮らしは、デジタル化によってますます室内に閉じこもる傾向にあります。だからこそ、内と外を緩やかにつなぐ空間——私はこれを「中間領域」と呼んでいます——の価値が、改めて見直されているのだと考えています。

現代の土間が担う多様な役割

私がこれまで設計してきた住宅の中で、土間を取り入れたプロジェクトは30件を超えます。その一つひとつで、土間の使われ方は異なります。この多様性こそが、現代における土間の可能性を示していると思います。

ある住宅では、土間はご主人の自転車整備の場所になりました。ロードバイクを趣味とするクライアントにとって、帰宅後すぐにメンテナンスできる空間は必須でした。リビングとつながる3帖ほどの土間は、趣味の時間を家族との時間から切り離すことなく、穏やかに共存させています。奥様がソファでお茶を飲みながら、ご主人が自転車をいじる。その光景は、土間があるからこそ成立するものです。

また別の住宅では、土間は子どもたちの遊び場であり、近所の子どもたちが集まるコミュニティスペースになりました。泥だらけで帰ってきても、そのまま遊べる場所があることの安心感。お母さんは「掃除が楽になった」とおっしゃいますが、それ以上に「子どもを叱る回数が減った」という言葉が印象的でした。

さらに、在宅ワークが増えた今、土間を仕事場として活用するケースも出てきています。玄関を入ってすぐの土間にデスクを置き、来客対応もそこで行う。生活空間と仕事空間を物理的に分けることで、オンオフの切り替えがしやすくなったという声を聞きます。

設計者として考える土間の「適正サイズ」

「土間を作りたいのですが、どのくらいの広さが必要ですか?」

この質問には、正直なところ一概には答えられません。それは土間の面積が、住まい全体のプロポーションや、そこでの暮らし方と密接に関係しているからです。ただ、私なりの経験則をお伝えすることはできます。

まず、最低限として2帖は欲しいと考えています。これ以下になると、単なる「広めの玄関」という印象になり、土間特有の「居場所」としての性格が薄れてしまいます。一方で、住宅全体の床面積に対して土間が占める割合が大きくなりすぎると、冬場の寒さや、生活動線の複雑さといった問題が生じます。私の経験では、延床面積の5〜10%程度が一つの目安になります。30坪の住宅であれば、1.5坪から3坪、つまり3帖から6帖程度ということになります。

ただし、これはあくまで数字上の話です。実際の設計では、天井高や開口部との関係、床材の選び方、そして何より「その土間で何をしたいか」によって、適正なサイズは変わってきます。私が大切にしているのは、クライアントとの対話の中で、その家族にとっての土間の「本質」を見極めることです。

素材と温熱環境——土間設計の実務的課題

土間のある住まいを設計する際、避けて通れないのが素材選びと温熱環境への配慮です。この点について、私の考えを率直にお伝えしたいと思います。

床材として一般的なのは、モルタル、タイル、天然石などです。それぞれに特徴がありますが、私が最も多く採用しているのはモルタルの金鏝(かなごて)仕上げです。理由は、コストパフォーマンスの良さと、経年変化の美しさにあります。使い込むほどに味わいが増し、多少のキズや汚れも表情として受け入れられる。この「不完全さを許容する」という感覚は、土間という空間の本質と通じるものがあると感じています。

一方で、温熱環境については正直に申し上げます。土間は、どうしても熱的には不利な要素です。土足で使う空間であるがゆえに、断熱の連続性を確保しにくく、冬場は冷えやすくなります。これを解決するために、私は床暖房の導入を積極的に提案しています。土間に床暖房と聞くと驚かれる方もいますが、蓄熱性の高いコンクリートやモルタルは、一度温まると冷めにくいという特性があります。この特性を活かせば、土間は「寒い場所」から「じんわりと温かい居場所」へと変わります。

また、土間とリビングの境界に段差を設けることで、温熱環境の緩衝帯を作るという手法もあります。この段差は、「腰掛けられる場所」としても機能し、土間の使い方に幅を持たせてくれます。

境界を「曖昧にする」という設計思想

私が土間を設計する際に最も意識しているのは、「境界をいかに曖昧にするか」ということです。

内と外、土足と素足、パブリックとプライベート。これらの境界は、現代住宅においてはっきりと線引きされがちです。しかし本来、人の暮らしはそこまで明快に区切られるものではないはずです。家に帰ってきて、すぐに「オフ」になれる人ばかりではありません。外から持ち帰った気持ちを、少しずつ切り替えていく時間と場所が必要な人もいます。土間は、そうした「移行」のための空間として機能するのです。

ある住宅で、私は土間とリビングの間に可動式の建具を設けました。普段は開け放って一体的に使い、来客時や季節によっては閉めることもできる。この「選択できる」ということが重要です。境界を完全になくすのではなく、その濃淡を住まい手自身がコントロールできるようにする。これが、現代における土間設計の一つの在り方だと考えています。

土間が問いかける「住まい方」の本質

土間のある住まいを考えることは、単に「玄関を広くする」という話ではありません。それは、自分たちがどのように外の世界と関わり、どのように家の中で時間を過ごしたいかを問い直す作業でもあります。

効率だけを追求すれば、土間は「無駄な空間」に見えるかもしれません。しかし、その「無駄」の中にこそ、暮らしの余白が生まれます。余白があるから、予定調和ではない出来事が起こる。子どもが思いがけない遊びを始めたり、近所の人がふらりと立ち寄ったり。そうした偶発性を受け入れる器として、土間は機能するのです。

あなたの暮らしには、どのような「中間領域」が必要でしょうか。玄関のドアを開けた瞬間から始まる、内と外の対話。その風景を思い描くことから、住まいづくりの新たな可能性が見えてくるかもしれません。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

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