コンパクトシティの現実と暮らしの選択

コンパクトシティの現実と
暮らしの選択

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

コンパクトシティの現実——集約化が変える暮らしのかたち

郊外の住宅地で見た、ある風景

先日、北陸地方のある地方都市を訪れる機会があった。駅から車で20分ほどの住宅地を歩いていると、かつてはにぎわっていたであろう商店街の半分以上がシャッターを下ろし、空き地には雑草が生い茂っていた。

こうした地方都市では、70代、80代のご夫婦が「子どもたちは皆、県外に出てしまった。この家も、私たちがいなくなったらどうなるのか」と静かに語る場面に出会うことが少なくない。

この数年、こうした光景に何度も出会ってきた。高度経済成長期に拡大した郊外住宅地が、今、大きな転換点を迎えている。そしてその解決策として語られるのが「コンパクトシティ」という概念だ。

しかし、この言葉が示す未来は、本当に私たちの暮らしを豊かにするのだろうか。建築家として、そして一人の生活者として、この問いに向き合いたいと思う。

コンパクトシティとは何か——理念と現実のあいだ

コンパクトシティとは、簡単に言えば「都市機能を中心部に集約し、効率的で持続可能なまちをつくる」という考え方だ。人口減少と高齢化が進む日本では、これまでのように広大なエリアにインフラを維持し続けることが財政的に難しくなっている。道路、上下水道、公共交通——これらを薄く広く維持するよりも、人が住むエリアを絞り込み、そこに資源を集中させようというわけだ。

富山市や青森市など、先進的な取り組みを進める自治体もある。富山市のLRT(次世代型路面電車)を軸としたまちづくりは、国内外から注目を集めている。

しかし、実際にこれらの都市を歩いて感じるのは、理念と現実のギャップだ。中心市街地に立派な公共施設ができても、そこに人の気配が薄い。新しいマンションが建っても、1階のテナントスペースが埋まらない。集約化の「器」はできても、そこに血を通わせる「暮らし」が追いついていないのだ。

「集まって住む」ことの意味を問い直す

建築家として住宅を設計するとき、私はいつも「この家でどんな暮らしが営まれるのか」を想像する。同じように、コンパクトシティを考えるときも、「集まって住む」ことが人々の暮らしにどんな意味をもたらすのかを問う必要がある。

確かに、徒歩圏内に病院やスーパーがあれば便利だ。車を持たない高齢者にとって、公共交通へのアクセスは生命線にもなる。しかし、人は利便性だけで住む場所を選ぶわけではない。

たとえば、郊外で築50年の実家を建て替えたいという住まい手がいたとする。敷地は駅から遠く、将来的には「居住誘導区域外」になる可能性もある場所だ。合理的に考えれば、駅前のマンションに移り住む選択もあっただろう。

しかしこうした住まい手はしばしばこう語る。「この場所で、祖父の代から続く庭の木を眺めながら暮らしたい」と。

こうした場合、その土地の記憶を継承しながら、将来の介護にも対応できる平屋の住宅を計画するという方向性が考えられる。敷地の特性を活かし、地域の工務店と協働することで、コストを抑えることもできる。

コンパクトシティの議論では、こうした「土地への愛着」や「暮らしの継続性」が見落とされがちだ。政策的には正しくても、それが一人ひとりの人生の選択と一致するとは限らない。

建築家が見る「集約」のリアリティ

では、実際にコンパクトシティが進むと、住まいづくりはどう変わるのだろうか。

まず、中心市街地では土地の取得が難しくなる。地価が上がり、まとまった敷地を確保できなくなるため、必然的に「上に伸びる」住まい——つまりマンションや共同住宅が増える。戸建住宅を希望する人にとっては、選択肢が狭まることになる。

一方で、居住誘導区域外に指定されたエリアでは、将来的にインフラの維持が困難になる可能性がある。道路や上下水道の更新が後回しにされ、公共交通の便数も減っていく。いま住んでいる家を建て替えることはできても、資産価値の下落は避けられないだろう。

こうした状況を踏まえると、「二拠点居住」や「段階的な住み替え」という考え方が重要になってくる。たとえば、郊外の実家を減築してコンパクトにリノベーションし、同時に中心部に小さな拠点を持つ。若いうちは郊外でゆったり暮らし、身体が不自由になったら中心部の拠点に軸足を移す——そんな柔軟な住まい方だ。

集約化という大きな流れを無視するのではなく、その中で自分らしい暮らしをどう設計するか。これが、これからの住まいづくりの重要なテーマになると感じている。

縮小の時代に、建築ができること

コンパクトシティは、ある意味で「縮小」を前提とした概念だ。拡大成長の時代が終わり、限られた資源をどう配分するかという議論でもある。

しかし私は、縮小を悲観的に捉える必要はないと考えている。むしろ、これまで見過ごされてきたものに光を当てるチャンスだとも言える。

たとえば、中心市街地に残る古い建物のリノベーション。新築よりもコストを抑えながら、その土地固有の歴史や記憶を活かした空間をつくることができる。築100年を超える町家を住居兼ギャラリーとして再生するようなプロジェクトでは、古い梁や土壁を活かしながら、現代の断熱・耐震性能を確保する。こうした仕事には、新築にはない豊かさがある。

また、空き家や空き地が増えるということは、裏を返せば、新しい使い方を試す余地が生まれるということでもある。小さなコミュニティスペース、シェアハウス、農園付き住宅——集約化が進む中でも、多様な暮らしの選択肢を生み出すことは可能だ。

建築家の仕事は、単に建物を設計することではない。その場所で営まれる暮らしを想像し、かたちにすることだ。コンパクトシティという大きな枠組みの中でも、一人ひとりの暮らしに寄り添った提案ができると信じている。

あなたは、どこで、どう暮らしたいか

コンパクトシティは、政策としては避けられない方向性だろう。しかし、それは「決められた場所に住まなければならない」ということではない。

大切なのは、自分自身がどこで、どのように暮らしたいのかを考えることだ。利便性を優先するのか、土地への愛着を大切にするのか。にぎわいの中で暮らすのか、静けさを選ぶのか。

その答えは、人によって異なる。家族構成やライフステージによっても変わるだろう。だからこそ、住まいを考えることは、自分の人生を考えることでもある。

集約化という大きな流れの中で、あなたはどんな暮らしを選びますか。そして、その選択を支える住まいとは、どんなかたちをしているのでしょうか。

私はこれからも、その問いに向き合い続けたいと思う。

建築家・河添甚のプロフィール

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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