経年変化を設計する——時間と育つ建築

経年変化を設計する
——時間と育つ建築

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

建築と時間——経年変化を設計するということ

建築を設計するとき、私たちは常に「完成時」の姿を思い描く。模型を作り、パースを描き、クライアントとともにその未来を共有する。しかし、建築が本当の意味で「完成」するのはいつなのだろうか。竣工写真に収められた真新しい姿が、その建築のもっとも美しい瞬間なのだろうか。

私はそうは考えない。建築は時間とともに変化し、住まい手とともに育ち、やがてその場所に根を下ろしていく。その過程すべてを含めて、建築は完成に向かっていくのだと思う。

新築の輝きは、ゴールではなくスタートライン

住宅の設計依頼を受けたとき、多くの方が「新築の美しさをいかに長く保つか」を気にされる。それは自然な感情だ。しかし私は、打ち合わせの中でこうお伝えすることがある。「この家は、10年後、20年後にもっと美しくなります」と。

これは単なるリップサービスではない。私が設計で意識しているのは、時間の経過を「劣化」ではなく「成熟」として捉える素材選びと構成である。無垢の木が飴色に変化していく様子、銅板が緑青を帯びていく過程、左官壁に刻まれる微細なひび割れ——これらは建築が時間を生きている証であり、住まい手の暮らしが刻まれた記録でもある。

ある住宅で、玄関アプローチに鉄平石を用いたことがある。竣工直後は均一なグレーだったその石が、5年後に訪れたとき、雨の当たる部分と軒下で異なる表情を見せていた。苔がうっすらと生え、踏み込まれる箇所は自然と磨かれている。施主は「庭師に手入れを頼もうかと思ったんですが、このままでいいですよね」と笑顔で言った。その判断こそが、建築と住まい手の幸福な関係だと私は感じた。

素材の選択は、時間との対話である

経年変化を「設計する」とは、どういうことか。それは、素材がどのように変化していくかを予測し、その変化が建築全体の調和を乱さないように計画することだ。

たとえば、外壁に杉板を張る場合、私は「グレーイング」と呼ばれる銀灰色への変化を前提に設計を進める。この変化は紫外線と雨によって木材の表面が変質する自然現象だが、軒の出や方角によって進行速度が異なる。南面と北面で色の差が生じることを見越して、あえて面ごとに素材を変えたり、軒の深さを調整したりする。

また、塗装を施す場合も、「塗り直す」ことを前提としたディテールを考える。足場を組みやすい形状にする、塗り替えサイクルに合わせた素材の耐久年数を揃える——こうした配慮は、竣工時には見えない設計の本質だ。

私が好んで使う素材のひとつに真鍮がある。取手や表札、照明器具の一部に用いることが多い。真鍮は当初の金色から、手で触れる部分は艶が出て、そうでない部分は落ち着いた褐色へと変化する。これは住まい手の「触れる習慣」が形になったものであり、その家固有の履歴となる。

植栽がつくる、もうひとつの時間軸

建築における時間を語るとき、植栽を外すことはできない。樹木は建築よりもはるかに長い時間軸で成長し、季節ごとに異なる表情を見せる。私は植栽を「緑の装飾」ではなく、建築と対等なパートナーとして捉えている。

若い落葉樹を植えた住宅がある。竣工時、その木は2階の窓にも届かない高さだった。しかし設計の意図は、10年後にその木が成長し、夏には2階に木陰をつくり、冬には葉を落として陽光を室内に招き入れることにあった。3年後に訪れたとき、その木は着実に成長し、窓辺に最初の影を落とし始めていた。

このように、植栽は建築のパッシブデザインを時間とともに完成させていく存在でもある。建物が「箱」として完結するのではなく、周囲の環境と呼吸しながら性能を発揮していく。そのダイナミズムを計画段階から織り込むことが、設計者の仕事だと考えている。

「古くなる」ことと「汚れる」ことの違い

経年変化を肯定的に捉えることと、メンテナンスを放棄することは、まったく異なる。これは誤解されやすい点なので、明確にしておきたい。

私が設計で目指すのは、「古くなる」ことであって「汚れる」ことではない。この二つは似ているようで本質が違う。古くなることは時間の蓄積であり、汚れることは管理の不在である。

たとえば、木製の窓枠が日焼けして色が深まるのは「古くなる」ことだ。一方、塗装が剥げてカビが生えるのは「汚れる」ことであり、本来防ぐべき劣化である。私は前者を促進し、後者を防ぐための設計を心がけている。適切な軒の出、水切りのディテール、通気層の確保——これらは経年変化を美しく導くための技術的な裏付けだ。

住まい手にも、この区別を理解していただきたい。年に一度の外壁の水洗い、木部への定期的なオイル塗布、樋の落ち葉掃除——こうした小さな手入れの積み重ねが、建築の「古さ」を「味わい」へと昇華させる。手をかけることで愛着が生まれ、愛着がさらなる手入れを促す。その循環こそが、住まいと人との健全な関係だと私は考える。

記憶を宿す器としての建築

ここまで素材や技術の話をしてきたが、最後に触れたいのは、より抽象的な、しかし本質的なことだ。

建築は、そこで営まれる生活の記憶を宿す器である。床の傷は子どもの成長の証であり、壁の手垢は家族が集う場所の印である。階段の手すりが磨り減っているのは、そこを何千回と手が滑った結果だ。こうした痕跡は、いかなる高級素材をもってしても新築では再現できない。それは時間だけが与えうる贈り物だ。

私が設計した住宅を数年後に訪れるとき、最も嬉しいのは、図面にはなかった変化に出会うことだ。想定外の場所に置かれた椅子、壁に増えた家族の写真、庭に新しく植えられた施主が選んだ草花。建築は私の手を離れ、その家族のものになっている。そして、時間とともに「私が設計した建築」から「彼らの住まい」へと変容していく。

その変容を阻害しない設計、むしろ促進する設計とは何か。それは、完璧に仕上げすぎないこと、余白を残すこと、住まい手の介入を許容する懐の深さを持つことだと思う。

「今日」の美しさと「いつか」の美しさ

住宅を検討されている方へ、私から一つ問いかけたい。

その家は、30年後も美しいだろうか。

最新のトレンドを追いかけた家は、数年で古びて見えることがある。一方、普遍的な構成と誠実な素材で作られた家は、時間を経るごとに魅力を増していく。ヨーロッパの古い街並みが美しいのは、個々の建築が「経年変化を前提として」作られているからだ。

竣工時のショールームのような輝きも確かに魅力的だ。しかし、真に価値ある住まいとは、家族とともに歳を重ね、時間を味方につけ、やがて「ここにしかない場所」となる建築ではないだろうか。

あなたが思い描く住まいは、時間とともにどんな表情を見せるだろう。その問いを携えて、建築を考えてみてほしい。

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河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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