建築家のドローイング——線に宿る思考の力

建築家のドローイング
——線に宿る思考の力

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

建築家の描くドローイング——線が持つ思考の力

最初の一本の線に宿るもの

設計の依頼を受けて、敷地を訪れ、クライアントの話を聞き、事務所に戻る。そこから私が最初にすることは、パソコンを開くことではない。白い紙を前にして、鉛筆を手に取ることだ。

この「手で描く」という行為を、私は20年以上続けている。デジタルツールがこれほど発達した現在においても、設計の初期段階では必ず手描きのドローイングから始める。それは単なる懐古趣味ではない。線を引くという身体的な行為の中にこそ、建築の思考が生まれる瞬間があると確信しているからだ。

最初の一本の線は、往々にして間違っている。敷地の輪郭を描き、道路との関係を確認し、太陽の動きを想像しながら引いたその線は、完成した建物の形とはまったく異なることも珍しくない。しかし、その「間違った線」がなければ、正しい線にたどり着くことは決してできない。ドローイングとは、そうした試行錯誤のプロセスそのものなのだ。

デジタルでは見えないものがある

誤解のないように言っておくと、私はデジタルツールを否定しているわけではない。実施設計の段階ではCADを使うし、3Dモデリングソフトでボリュームを検討することもある。BIMの可能性にも注目している。

しかし、これらのツールには一つの共通した特徴がある。それは「正確すぎる」ということだ。

コンピュータ上で引く線は、始点と終点が明確で、太さも均一で、迷いがない。一方、手で引く線には、力の入れ具合によって太さが変わり、速度によって表情が変わり、確信のある部分は力強く、迷っている部分は細く頼りなくなる。

この「迷い」こそが重要なのだ。

たとえば住宅の設計で、リビングと庭の関係を考えているとする。CADで窓の位置を決めると、それは数値として確定してしまう。しかし手描きのスケッチでは、窓の輪郭を何度もなぞりながら、「もう少し大きくした方がいいのか」「位置を下げた方が落ち着くのか」といった問いが自然と生まれてくる。線を引きながら考え、考えながら線を引く。この往復運動の中で、建築は少しずつ姿を現していく。

手と脳をつなぐ回路

神経科学の研究によれば、手書きという行為は脳の広範な領域を活性化させるという。これは建築家の実感とも一致する。

私の事務所では、スタッフとの打ち合わせでも積極的にスケッチを描くようにしている。言葉だけでは伝わりにくい空間のイメージも、数本の線を引くだけで共有できることがある。そして不思議なことに、その場でスケッチを描いていると、描く前には思いもしなかったアイデアが浮かんでくることがある。

これは「説明のために描く」のではなく、「描くことで発見する」という現象だ。

ル・コルビュジエは生涯で膨大な数のスケッチを残したが、彼はそれを「視覚的思考」と呼んだ。目で見て、手で描き、脳で考える。この三者が連動することで、言語化できない建築的思考が可能になる。私はこの感覚を、自分自身の設計プロセスの中でも日々実感している。

ある住宅のプロジェクトで、断面図を何度描いても違和感が消えなかったことがある。2階の床の高さ、天井の勾配、窓の位置——数値上は問題ないはずなのに、何かが引っかかる。その日の夜、自宅で何気なくスケッチを描いていたとき、ふと気づいた。問題は床の高さではなく、階段の位置だったのだ。階段を半間ずらすことで、空間の流れがまったく変わった。これは手を動かし続けていなければ、決して見つからなかった解決策だと思う。

クライアントとの対話としてのドローイング

住宅設計において、私はクライアントとの打ち合わせでもスケッチを多用する。これには理由がある。

完成度の高いCGパースを見せると、クライアントは「これが完成形なのだ」と感じてしまうことがある。すると、そこから意見を言うことに遠慮が生まれたり、逆に細部への指摘ばかりが増えたりする。

一方、手描きのスケッチには「まだ途中です」というメッセージが自然と含まれている。だからクライアントも「ここはどうなるのですか」「こういうことはできますか」と質問しやすい。スケッチを一緒に見ながら、その場で線を加えたり消したりする。この共同作業を通じて、建築は建築家だけのものではなく、クライアントと共有されたものになっていく。

先日完成した住宅のクライアントは、打ち合わせで使ったスケッチを大切に保管していて、引き渡しの日に見せてくれた。十数枚のスケッチには、計画が変化していく過程が記録されている。最初のスケッチと完成した建物は、一見すると別物のようだが、よく見ると最初の段階で描いた線の断片が、最終形にも残っていることがわかる。建築は突然生まれるのではなく、無数の線の積み重ねの中から立ち上がってくるのだ。

線に人格が宿る

興味深いことに、建築家のドローイングには強烈な個性が表れる。安藤忠雄のスケッチは力強く大胆で、彼の建築そのもののような迫力がある。一方、妹島和世のドローイングは繊細で浮遊感があり、やはり彼女の建築の透明感を予感させる。

私自身のドローイングがどのような特徴を持っているか、客観的に語ることは難しい。ただ、20年以上の蓄積の中で、自分なりの「線の語彙」が増えてきた実感はある。この線は空間の広がりを表現するときに使う、この描き方は光の入り方を考えるときに適している——そうした引き出しが、手の記憶として蓄えられている。

建築教育において、デジタルツールのスキルは必須になった。それは時代の必然であり、否定するつもりはない。しかし同時に、手で描く訓練の重要性は、むしろ高まっているのではないかと私は考えている。なぜなら、デジタルツールはあくまでも「道具」であり、その道具を使って何を表現するかは、結局のところ建築家自身の思考力にかかっているからだ。

線が問いかけるもの

住宅を検討されている方の中には、建築家との打ち合わせでスケッチを見る機会があるかもしれない。そのとき、ぜひその線の表情に注目してほしい。迷いのある線、確信に満ちた線、何度も重ねられた線。それらは建築家の思考プロセスそのものであり、言葉では伝えきれないメッセージを含んでいる。

あるいは、ご自身でも紙と鉛筆を手に取って、理想の住まいを描いてみてはどうだろうか。上手い下手は関係ない。「玄関を入るとこんな風景が見えたらいいな」「リビングから庭への視線はこんな感じがいい」——そうした想像を線にしてみる。その線を建築家に見せることで、言葉だけの打ち合わせでは伝わらない何かが、きっと伝わるはずだ。

建築は最終的には物質として存在するが、その始まりは常に誰かの頭の中のイメージであり、最初の一本の線である。その線が持つ力を、私はこれからも信じ続けていきたいと思う。

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河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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