福岡に降りた。
曇り空。明治通り沿いの空気は湿っていて、少しだけ甘い。
交差点の向こうに、見覚えのない建物が立っている。
One Fukuoka Building。
以前この角に何があったか、正確には思い出せない。
ただ「こうじゃなかった」という感覚だけがある。街の記憶というのは不思議なもので、建物そのものより、光の入り方や歩道の幅で覚えていたりする。
その光の角度が、変わっていた。

ダークグレーの縦ルーバーが整然と並ぶ。
角地の低層部はガラスで大きく開かれ、壁面緑化の一帯がぽつりと色を添えている。高速バスが横を通り過ぎていく。福岡、長崎、九州号。この街の交通の結節点であることを、バスの行き先表示が教えてくれる。
都会的、という言葉がまず浮かぶ。
でも少し違う。東京的、でもない。
この建物の設計者は日建設計とKPFの共同だ。KPF(コーン・ペダーセン・フォックス)はニューヨークの事務所で、世界中の高層ビルを手がけてきた。日本の施工技術とアメリカの設計言語が一つの建物に重なる——その組み合わせが、「東京的でも外国的でもない」という印象をつくっているのかもしれない。
天神は今、大きく変わろうとしている。
「天神ビッグバン」と呼ばれる都市再開発。航空法の高さ制限緩和をきっかけに、天神交差点を中心とした半径500メートルほどのエリアで、ビルが次々と建て替わっている。
なぜこの街に、この建築が生まれたのか。
それは福岡という都市が、アジアに最も近い日本の玄関口として、自らのスケールを更新しようとしているからだと思う。空港から都心まで地下鉄で二駅。この圧倒的な近さが、天神を「通過する場所」ではなく「滞留する場所」に変えたいという意志を生んだ。
天神ビッグバンの容積率規制には条件がある。高さを上げる代わりに、建物の低層部を公共空間として開くこと。One Fukuoka Buildingの低層部がガラスで大きく開かれているのは、その制度的な要求への応答でもある。都市の規制が建物の形をつくる——ここでその論理が可視化されている。
中に入る。

驚いた。
外から想像していた印象と、まるで違う。
ダークスチールの柱がリズムをつくり、天井は木調の仕上げが波打つように広がっている。ガラスの手すり越しに見下ろす吹き抜け。光がやわらかい。

オフィスビルの低層共用部に、これだけの奥行きを持たせている。
人はまだまばらだった。テナントが埋まりきっていないのか、あるいは平日の昼下がりだからか。けれどこの空間は、人が少ないときにこそ骨格が見える。鉄と木とガラス。素材の対比が静かに効いている。
外のグレーのルーバーと、内側の木の暖かさ。建物は外と内で異なる表情を持つ。外は都市に向けた顔、内は人間に向けた顔——その二重性は、KPFが世界中のオフィスビルで試みてきた「パブリック/プライベートの接続」の手法の一つだ。

外に出て、もう一度交差点から見上げた。

花壇の色が、グレーのファサードの足元で妙に鮮やかだった。
記憶の中の天神とは違う。でも、この違和感はたぶん悪くない。街が脱皮しようとしているときの、あの少しだけ落ち着かない感じ。
数年後にまた来よう。
そのときにはきっと、このビルが「前からここにあった」顔をして建っている。
街というのは、そういうふうにできている。




