ボーブール広場に着いたとき、まず人の多さが目に入った。

広場が斜めに傾いていて、そこに人が座っている。サーカスの芸人がいる。観光客がいる。その奥に、カラフルな配管の建物が立っていた。


近づくと、外壁がパイプと骨組みの集合体だと分かった。

赤、青、黄、緑。空調ダクト、電気配管、水道管、エレベーターシャフト。建物の「内側」にあるべきものが、すべて外に出ている。

レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャース、1977年。


ガラスの通路エスカレーターで上った。

外を向いたエスカレーターを上るにつれて、パリが広がっていく。エッフェル塔、サクレ・クール、屋根の海。

上から見ると、ポンピドゥー広場が都市の「皿」のように機能しているのが分かった。


なぜこの建物が、ここに建ったのか。

1960〜70年代のパリは、都市の再開発と文化の民主化が問われていた時代だった。ポンピドゥー大統領は「誰もが文化にアクセスできる場所」を求めた。その答えとして、インフラを外に出し、内部を最大限に自由にした空間が提案された。

建物が「機械のように見える」ことは、意図だった。


外に出て、広場の傾斜から建物を見上げた。

1977年につくられたこの建物が、まだ新鮮に見える。古さを感じさせる部分と、今でも前衛的に見える部分が混在していた。

時間が経っても「挑発的」であり続けるとはどういうことか、少し考えながら地下鉄に乗った。