杉板が紡ぐ空間の温もり——国産材の可能性

杉板が紡ぐ
空間の温もり——国産材の可能性

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

杉板と建築——国産材が作り出す空間の温度

杉という木材との出会い直し

建築家として20年近く仕事を続けてきて、最も長く付き合ってきた素材は何かと問われれば、私は迷わず「杉」と答える。日本で最も流通量の多い針葉樹であり、それゆえに「ありふれた材料」として軽視されがちな存在でもある。しかし私は、この身近な素材にこそ、建築の本質的な豊かさが宿っていると確信している。

杉板を使った空間に足を踏み入れたとき、人は無意識のうちに肩の力を抜く。それは単なる「木の温もり」という感傷的な話ではない。杉という樹種が持つ物理的特性——柔らかな肌触り、空気を含んだ繊維構造、そして独特の芳香——が、人間の感覚器官に働きかけ、空間の「温度」を変えているのだ。

私がここで言う「温度」とは、室温のことではない。空間が持つ情緒的な質感、人がその場所で過ごすときに感じる心理的な居心地の良さのことである。杉板は、この目に見えない温度を、確実に数度上げてくれる素材なのだ。

国産杉の特性を読み解く

設計において杉板を選ぶとき、私はまず産地を確認する。同じ杉でも、九州の飫肥杉、奈良の吉野杉、秋田杉では、木目の表情も、色味も、香りの強さも異なる。これは土壌や気候、そして何より林業家たちが代々受け継いできた育林方法の違いによるものだ。

例えば吉野杉は、密植と多間伐という独特の手法で育てられる。一般的な人工林が1ヘクタールあたり3,000本程度で植林を始めるのに対し、吉野では8,000本から10,000本もの苗木を植える。そして成長に合わせて何度も間伐を繰り返し、最終的には200本程度まで減らしていく。この過程で、木は緩やかに、しかし確実に年輪を重ね、きめ細かく美しい木目を形成する。

私が吉野杉を住宅の内装に使うとき、その繊細な木目は、朝の柔らかな光の中で静かに呼吸しているように見える。これは単なる詩的な表現ではなく、実際に杉板が湿度を吸放出しながら室内環境を調整している証でもある。

一方、飫肥杉は油分を多く含み、耐水性に優れている。かつては造船材として重宝されたこの特性は、現代建築においても外壁や水回りに近い場所での使用を可能にする。私は浴室の脱衣所や、軒の出が小さく雨掛かりの心配がある外壁に、この飫肥杉を採用することがある。

焼杉という技術の再評価

杉板の可能性を語るとき、焼杉について触れないわけにはいかない。瀬戸内海沿岸で発展したこの伝統技法は、杉板の表面を焼いて炭化層を作ることで、耐候性と耐久性を飛躍的に向上させる。

私が最初に焼杉を外壁に採用したのは、10年ほど前、瀬戸内の島に建てた週末住宅だった。潮風が直接当たる厳しい環境で、メンテナンスの手間を最小限に抑えたいという施主の要望に応えるため、地元の職人に焼杉の製作を依頼した。

三角形に組んだ杉板の内側で火を焚き、表面を均一に焼き上げていく「三角焼き」の技法を目の当たりにしたとき、私は建築が本来持っていた「火」との関係を思い出した。現代建築はあらゆる場面で火を遠ざけてきたが、この焼杉という技術は、火の力を借りて木を強くするという、ある種逆説的な知恵を体現している。

完成した住宅の外壁は、深い黒色をたたえながらも、光の角度によって微妙なグラデーションを見せる。10年経った今も、ほとんど劣化することなく、むしろ時間とともに味わいを増している。焼杉は単なる表面処理の技法ではなく、時間という要素を建築に組み込む手法なのだと、私はこの経験から学んだ。

室内空間における杉板の使い方

住宅の内装に杉板を使う場合、私が最も気を配るのは「どこに、どれだけ使うか」というバランスである。杉板は主張の強い素材ではないが、だからこそ使いすぎると空間が単調になりやすい。

私がよく採用するのは、天井を杉板張りにし、壁は漆喰や石膏ボードの塗装仕上げとする組み合わせだ。天井という、普段あまり意識されない面に木の質感を配置することで、空間全体にさりげない温かみが生まれる。人は無意識のうちに、頭上の木の存在を感じ取り、守られているような安心感を得る。

床材として杉板を使う場合は、その柔らかさが長所にも短所にもなることを、施主にきちんと説明する。杉は針葉樹の中でも特に柔らかく、傷がつきやすい。しかしその柔らかさこそが、裸足で歩いたときの心地よさを生み出している。

あるクライアントは、最初は傷のつきにくいオーク材を希望していた。しかし実際に杉板のサンプルを裸足で踏んでもらったところ、その温かさと柔らかさに驚かれ、「傷も含めて家族の歴史になる」と考えを改められた。5年後に訪問したとき、床には子どもたちがつけた無数の傷があったが、それが家の記憶として愛おしく感じられると、笑顔で話してくださった。

経年変化を設計する

建築素材を選ぶとき、私は常に「30年後にどうなっているか」を想像する。杉板は、この想像が最も豊かに広がる素材の一つだ。

新材の杉板は白っぽいピンク色をしているが、時間とともに飴色に変化し、やがて深い茶色へと落ち着いていく。この色の変化は、紫外線と空気中の酸素による自然な酸化反応であり、木が生きてきた証でもある。

私は設計段階で、この経年変化を意図的にコントロールすることがある。例えば、南面と北面で同じ杉板を使っても、日射量の違いにより変化の速度が異なる。この差を活かして、数年後には自然なグラデーションが生まれるよう計画することもある。

また、オイル仕上げと無塗装では、経年変化の現れ方が全く異なる。無塗装の杉板は変化が早く、銀灰色に褪せていく場合もあるが、それを「劣化」ではなく「熟成」として受け入れる美意識を、私は大切にしている。

山と建築をつなぐという意識

最後に、杉板を使うことの意味について、少し大きな視点から考えてみたい。

日本の国土の約7割は森林であり、その4割が人工林、つまり人の手で植えられた森である。そしてその人工林の約4割を杉が占めている。戦後の拡大造林政策により植えられたこれらの杉は、今まさに伐期を迎えている。しかし安価な外材に押され、国産材の需要は低迷したままだ。

建築家として杉板を選ぶことは、単に素材を選んでいるのではない。それは、日本の山を守る林業を支え、森林の循環を維持する行為でもある。私たちが設計する住宅一棟一棟が、山と都市をつなぐ細い糸になっている。

杉板で仕上げられた空間に住むとき、人はどこかで山の気配を感じているのかもしれない。それは目に見えないつながりであり、言葉にしにくい安心感でもある。

あなたがこれから住まいを考えるとき、ぜひ一度、杉板に触れてみてほしい。その温かさの奥に、何百年もの時間と、誰かの手仕事と、山の呼吸を感じ取れるかもしれない。そうした見えないものへの想像力こそが、本当に心地よい空間を作る第一歩になるのだから。

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河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

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