モルタル仕上げの魅力——均質さの中に宿る個性
現代住宅におけるモルタルの再評価
建築素材には流行がある。かつて当たり前のように使われていた素材が、いつしか「古い」とされ、やがて再び「新しい」ものとして見直される。モルタルという素材は、まさにその典型だと私は考えている。
私が独立して設計事務所を構えた頃、クライアントから「モルタルの壁にしたい」という要望を受けることは稀だった。サイディングや塗り壁材など、より均質で管理しやすい素材が主流となり、モルタルは「クラックが入りやすい」「手間がかかる」という理由で敬遠されることが多かった。しかし近年、モルタル仕上げを希望される方が明らかに増えてきている。その背景には、画一的なものへの飽きと、手仕事の痕跡が残る素材への憧れがあるのではないだろうか。
モルタルとは、セメントと�ite(砂)と水を混ぜ合わせた素材である。コンクリートと異なり砂利を含まないため、きめ細かな表情を持ち、左官職人の手によってさまざまな仕上げが可能となる。一見すると均質なグレーの面に見えるが、近づいて観察すると、そこには微妙な色むらやコテの跡、乾燥の過程で生まれた表情の変化がある。この「均質さの中に宿る個性」こそが、モルタル仕上げの最大の魅力だと私は考えている。
左官という技術が生み出す表情の豊かさ
モルタル仕上げの表情を決定づけるのは、何といっても左官職人の技術である。私はこれまで多くの現場で、熟練の職人さんたちの仕事を間近で見てきたが、同じ材料を使っても、仕上がりは職人によって驚くほど異なる。
左官仕上げには大きく分けて「押さえ仕上げ」「引きずり仕上げ」「磨き仕上げ」などがある。押さえ仕上げは、コテで表面を何度も押さえることで、緻密で滑らかな面をつくる技法だ。乾燥の具合を見極めながら、適切なタイミングで押さえる作業を繰り返す。この「タイミング」の見極めが、職人の経験と勘に委ねられている部分であり、機械では決して再現できない要素なのである。
引きずり仕上げは、あえてコテの跡を残したり、刷毛やスポンジで表面に模様をつけたりする技法だ。ラフな表情を意図的につくることで、素材の持つ土っぽさや手仕事感を強調できる。私が設計した住宅で、あえてこの引きずり仕上げを採用したことがある。クライアントは当初、「もう少し綺麗に仕上げられないのか」と不安を口にされていたが、竣工から数年が経った今、「この壁の表情が一番気に入っている」とおっしゃっている。時間とともに愛着が深まる素材というのは、建築において非常に貴重な存在なのだ。
経年変化を味方につける設計思想
建築素材を選ぶとき、私が常に意識しているのは「10年後、20年後にどのような姿になるか」ということである。新築時の美しさだけを追求するのではなく、時間の経過とともにどのように変化し、その変化が建築の魅力を増すのか、減じるのかを考えるのだ。
モルタルは、正直に言えば「変化する素材」である。乾燥収縮によるヘアクラック(髪の毛ほどの細いひび割れ)は、ほぼ避けられないと考えた方がよい。雨だれの跡がつくこともあるし、苔が生えることもある。これらを「劣化」と捉えるか、「経年変化」と捉えるかで、モルタルという素材への評価は大きく分かれる。
私自身は、これらの変化を積極的に受け入れる設計を心がけている。たとえば、雨だれが予想される部分には、あらかじめ水切りを設けて水の流れをコントロールする。あるいは逆に、雨だれの跡がデザインの一部として馴染むような、あえてラフな仕上げを選択することもある。重要なのは、変化を想定した上で設計するということだ。想定外の変化は「劣化」に見えるが、想定内の変化は「味わい」になる。この違いは大きい。
以前、築15年ほどのモルタル外壁の住宅を訪問する機会があった。細かなクラックが網目のように入り、部分的に苔が生え、雨だれの跡も残っていた。しかし不思議なことに、それが建築の品格を損なうどころか、むしろ深みを与えていた。施主の方が日々の暮らしの中で建物を大切に使い、適切なメンテナンスを続けてこられた結果だろう。素材の経年変化と、住まい手の時間が重なり合って、唯一無二の表情が生まれていたのである。
内装におけるモルタルの可能性
モルタルは外壁だけでなく、内装にも豊かな可能性を持つ素材である。近年は「モルタル調」の塗料やシートも多く出回っているが、本物のモルタルが持つ質感や奥行きは、やはり模倣品では得られないものがある。
内装にモルタルを用いる場合、私がよく採用するのは床や壁の一部、あるいはキッチンのカウンターなどである。全面をモルタルで仕上げると冷たく無機質な印象になりがちだが、木やファブリックなど温かみのある素材と組み合わせることで、互いの良さを引き立て合う空間が生まれる。
床にモルタルを採用する際は、蓄熱性の高さを活かして床暖房と組み合わせることが多い。冬場、足裏から伝わるじんわりとした温もりは、木の床とはまた違った心地よさがある。また、モルタル床は掃除がしやすく、土間的な使い方にも適している。玄関から連続するリビングの一角をモルタル仕上げにして、観葉植物を置いたり、自転車を持ち込めるようにしたり——そうした内と外の境界を曖昧にする設計にも、モルタルは相性が良い。
キッチンカウンターにモルタルを使う場合は、防水処理をしっかり施す必要がある。また、酸性の食品によるシミにも注意が必要だ。こうした実用上の制約はあるものの、それを理解した上で選ばれたモルタルカウンターには、既製品にはない存在感がある。世界にひとつしかないキッチンが、日々の料理の時間を特別なものにしてくれるのだ。
クラックとどう向き合うか
モルタルを検討されているクライアントから、必ずと言っていいほど聞かれるのが「クラック」についての質問である。結論から言えば、モルタルにクラックは付きものであり、完全に防ぐことは難しい。しかし、クラックの種類や程度を理解し、適切に対処する方法はある。
まず、構造的な問題があるクラックと、単なる乾燥収縮によるクラックは区別して考える必要がある。建物の構造に起因する大きなクラックは、早急に専門家に相談すべきだが、ヘアクラック程度であれば、防水性能に問題がない限り、そのまま経過観察しても差し支えないケースが多い。
クラックを軽減するための工夫として、下地の選定や配合の調整、施工時期の検討などがある。また、目地を設けて意図的にクラックの発生箇所をコントロールする方法もある。私の設計では、大きな壁面の場合、デザイン的な意図も含めて目地を入れることが多い。それがかえって壁面にリズムを与え、美しく見えることもある。
大切なのは、「クラックは絶対に許容できない」という前提でモルタルを選ぶのではなく、「クラックも含めてモルタルの表情として受け入れられるか」を、設計段階でよく検討することである。素材への理解と覚悟があれば、クラックはむしろ建築に生命感を与えてくれる要素になりうる。
手仕事の痕跡が語るもの
現代の建築は、効率化と均質化の波の中にある。工場生産された建材を現場で組み立てる方式が主流となり、施工の品質は安定したが、同時に「誰がつくったか分からない」建築が増えたとも言える。
モルタル仕上げの壁には、左官職人のコテさばきの痕跡が残っている。それは、この建築が機械ではなく人の手によってつくられたという証であり、名もなき職人たちの技術と誇りの表れでもある。私は現場で、職人さんが黙々とコテを動かす姿を見るたびに、建築という行為の原点を思い出す。
均質であることは、品質の安定という意味では美徳である。しかし、均質さの中にも個性が宿るということ——それはモルタルという素材が私たちに教えてくれる、建築の深い真実ではないだろうか。
あなたの住まいの壁は、どのような表情をしているだろうか。そして、10年後、20年後にどのような姿になっていてほしいと願うだろうか。素材を選ぶということは、時間との付き合い方を選ぶということでもある。モルタルという選択肢が、あなたの住まいづくりの新たな視点を開いてくれることを願っている。