ベッドタウンの次のかたちを考える

ベッドタウンの
次のかたちを考える

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

郊外住宅地の未来——ベッドタウンの次のかたち

「通勤のための街」は静かに終わりを迎えている

高度経済成長期、日本の郊外住宅地は明確な目的のもとに生まれた。都心で働く人々が眠りに帰る場所——いわゆる「ベッドタウン」である。駅から放射状に広がる区画整理された住宅地、等間隔に並ぶ似通った外観の家々。それは効率的であり、大量の住宅需要に応える合理的な解だった。

しかし今、その前提が根本から揺らいでいる。リモートワークの普及、少子高齢化による人口減少、そして何より「毎日同じ場所に通勤する」という働き方そのものの変容。私がこの十数年、住宅設計に携わるなかで最も強く感じている変化は、施主の方々が「家に求める時間の質」を語り始めたことだ。かつて住宅の打ち合わせで最初に出る言葉は「駅まで何分ですか」だった。今は「この家で一日をどう過ごせますか」に変わっている。

ベッドタウンは文字通り「寝るための街」だった。だが人々が一日の大半を過ごす場所になったとき、その街の骨格——道路の幅、区画の大きさ、公共空間の有無——が、暮らしの質を決定的に左右するようになる。

均質な区画が生んだ「余白のなさ」

郊外住宅地を歩くと、ある種の息苦しさを感じることがある。整然と並ぶ家々の間には、人が立ち止まる場所がない。公園はあっても「管理された空地」でしかなく、ベンチに座って本を読む大人の姿はほとんど見かけない。コンビニエンスストアの駐車場が唯一の「たまり場」になっている風景は、設計者として考えさせられるものがある。

私が住宅を設計する際、敷地の内側だけでなく、その敷地と街路との「あいだ」を常に意識する。塀を少し後退させて植栽帯をつくる、玄関前に小さなベンチを置く、駐車スペースの一角に屋根のかかった半屋外空間を設ける。こうした小さな操作が、住宅と街路の関係を柔らかくする。一軒の家が変わるだけで、その通りの空気が変わる瞬間を何度も目にしてきた。

しかし、これは個々の住宅の工夫だけでは限界がある。そもそも郊外住宅地の多くは、すべての区画を「住宅専用」として計画されている。この均質さが、街に職住混在の奥行きを持たせることを構造的に阻んでいるのだ。

「小さな混在」が街を救う

私が今、最も可能性を感じているのは、郊外住宅地における「小さな混在」の試みだ。住宅の一部を小さなワークスペースに改修する、ガレージを週末だけの工房にする、庭先で小規模なマルシェを開く。用途地域の制約はあるものの、こうした動きは各地で少しずつ広がっている。

建築的に見ると、これは決して新しい発想ではない。日本の伝統的な町家は、通りに面した部分が商いの場であり、奥が居住空間だった。職と住が一つの建物のなかで自然に共存していた。郊外住宅地が失ったのは、まさにこの「混在のグラデーション」だったのではないかと私は考えている。

実際に、住宅の一室を小さな教室やアトリエとして使いたいという相談は年々増えている。その際に私が心がけているのは、住宅としてのプライバシーを守りながら、外部に対して「少しだけ開く」動線をつくることだ。玄関とは別に、庭側から直接アクセスできる小さな入口を設ける。あるいは、道路に面した窓の高さや透過度を調整して、内部の活動がほのかに外に伝わるようにする。完全に閉じるのでもなく、完全に開くのでもない。その中間の状態をつくることが、郊外住宅地に「小さな公共性」を育てる鍵だと感じている。

空き家は「問題」ではなく「余白」である

郊外住宅地の空き家問題は、数字だけを見れば深刻だ。しかし私は、空き家を単なる「負の遺産」として捉えることに違和感を持っている。むしろ、かつてなかった「余白」がようやく街のなかに生まれたと見るべきではないだろうか。

均質に埋め尽くされた区画に隙間ができること。それは、街がこれまで持てなかった柔軟性を獲得するチャンスでもある。空き家一棟を地域のシェアライブラリーに転用する、隣接する二区画の境界を取り払って小さな広場をつくる、建物を減築して庭を地域に開放する。こうした試みは制度的なハードルも高いが、建築家として関わるべき領域だと強く思う。

特に私が注目しているのは「減築」という考え方だ。増築の反対で、建物の一部を取り除いて小さくする手法である。二階建ての住宅を平屋にする、使われなくなった部屋を撤去して中庭に変える。高齢のご夫婦が子育て期に建てた大きな家を、今の暮らしに合った身の丈のサイズに戻す。減築によって生まれた外部空間が、結果として近隣との新たな接点になることがある。建築は「つくる」だけでなく「引く」ことでも豊かさを生み出せるのだ。

インフラの老朽化と、もうひとつの選択肢

見過ごされがちだが、郊外住宅地の未来を考えるうえで避けて通れないのがインフラの問題だ。上下水道、道路、街路灯——開発から半世紀を経て、これらが一斉に更新時期を迎えている。人口が減少する地域で、同じ規模のインフラを維持し続けることは財政的に困難になりつつある。

ここで建築家として提案したいのは、住宅そのものがインフラの一部を担うという発想だ。雨水を敷地内で浸透・貯留させる仕組み、太陽光と蓄電池による電力の自律分散、コンポストトイレや中水利用による下水負荷の軽減。これらは個々の技術としてはすでに実用段階にある。問題は、それを街区全体の計画として統合するデザインの視点が不足していることだ。

私はいくつかの住宅設計で、雨水浸透桝と植栽帯を組み合わせた「雨庭」を敷地の道路際に設けてきた。一軒の取り組みは小さくとも、通り沿いの数軒が同じ手法を採用すれば、それは街路の排水インフラを補完する「分散型のグリーンインフラ」となる。住宅設計が街のインフラ計画とつながる回路を、もっと意識的につくっていく必要がある。

あなたの街は、次の五十年をどう生きるか

郊外住宅地は、ある時代の合理性が生んだ巨大な実験だった。その実験は一定の成功を収めたが、前提条件が変わった今、次のかたちを模索する段階に入っている。

私が設計を通じて実感しているのは、この変化は一人の建築家やひとつの制度改革だけでは成し遂げられないということだ。住む人が「自分の家の境界線の外側」に意識を向けること、行政が用途地域の硬直的な運用を見直すこと、そして建築家が個々の住宅設計を街全体の文脈のなかに位置づけること。この三つが重なったとき、ベッドタウンは「ただ眠る街」から「暮らしを営む街」へと変わり得る。

あなたが今住んでいる街、あるいはこれから家を建てようとしている街は、次の五十年をどのように生きていくだろうか。その問いに向き合うことが、住宅を考える最初の一歩になると私は信じている。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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