銭湯設計論——裸になる建築の本質

銭湯設計論——
裸になる建築の本質

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

銭湯・温浴施設の設計——日常の非日常を演出する場

裸になる建築、という特殊性

建築家として様々な用途の建物を設計してきましたが、銭湯や温浴施設ほど「人間の本質」に向き合う建築はないと感じています。人は服を脱ぎ、裸になり、湯に浸かる。その行為の中で、社会的な役割から解放され、ただの「身体を持つ存在」に還っていきます。

私が初めて温浴施設の設計に携わったとき、最も意識したのは「どこで服を脱ぐか」という一点でした。脱衣所の設計は、単なる機能的な更衣スペースではありません。日常から非日常への境界線を、建築としてどう表現するか。その答えを探る作業だったのです。

玄関から脱衣所へ至る動線には、意図的に「間」を設けています。廊下の天井高を少し落とし、素材を変え、照度を調整する。そうすることで、来訪者は無意識のうちに「これから特別な場所に入る」という心構えができていきます。茶室における躙口(にじりぐち)の思想に通じるものがあるかもしれません。

湯気と光が織りなす空間体験

温浴施設の設計で私が最も魅了されるのは、湯気という「動く素材」との対話です。湯気は光を拡散させ、空間の境界を曖昧にし、時に幻想的な風景を生み出します。この現象を建築的にどうコントロールするか——あるいは、あえてコントロールしないか——が設計の醍醐味となります。

ある銭湯のリノベーションでは、浴室の天井に複数のトップライトを設けました。自然光が湯気を透過して降り注ぐとき、光は物質化したかのように目に見える存在となります。午前と午後で、晴天と曇天で、その表情は刻々と変化する。利用者は毎回異なる空間体験を得ることができるのです。

一方で、人工照明の設計も繊細さを要します。裸の身体を照らす光は、強すぎれば無防備な姿を暴き立て、弱すぎれば不安感を与えます。私は壁面や天井を間接的に照らし、その反射光で空間全体を包み込む手法を好んで用います。光源が直接目に入らないことで、身体への視線を和らげる効果も期待できます。

素材が語る清潔感と時間の重み

温浴施設において、素材選びは機能性と意匠性の両立を常に求められます。水、湯、石鹸、人の肌——これらと日々接触する素材は、耐久性、防滑性、清掃性を満たさなければなりません。しかし同時に、その空間が持つべき「雰囲気」を担う役割も果たすのです。

私がよく採用するのは、十和田石や大谷石といった日本の天然石材です。これらは水に濡れると色味が深まり、独特の表情を見せます。使い込むほどに角が取れ、人の手や足に馴染んでいく。その経年変化を「劣化」ではなく「成熟」と捉える感性が、日本の入浴文化にはあると考えています。

タイルもまた、温浴施設を象徴する素材です。近年のプロジェクトでは、地域の窯元と協働してオリジナルタイルを焼くこともあります。量産品にはない揺らぎや個体差が、手仕事の温もりを空間に与えてくれます。壁一面に並んだとき、その微細な違いがリズムを生み、見る者を飽きさせません。

木材の使用については、慎重な判断が必要です。浴室内での使用は維持管理の負担が大きく、カビや腐食のリスクと常に隣り合わせです。それでも、脱衣所や休憩スペースに檜や杉を用いることで、視覚だけでなく嗅覚にも訴える空間が実現します。五感に働きかける設計——これこそが温浴施設の真骨頂だと私は考えています。

「見られる」ことと「守られる」ことの設計

銭湯や温浴施設の設計で避けて通れないのが、プライバシーへの配慮です。公衆浴場という性質上、他者と空間を共有することが前提となります。しかし現代人の多くは、裸を他人に見られることに対して、かつてほど寛容ではありません。

私はこの課題に対して、「完全に隠す」のではなく「適度に守る」という方針で向き合っています。たとえば、洗い場のレイアウトを工夫し、利用者同士が正面から向き合わないよう配置する。カランの間隔を十分に取り、パーソナルスペースを確保する。浴槽の形状を検討し、入浴姿勢に選択肢を与える。

こうした配慮は図面上では見えにくいものですが、実際に利用したときの「居心地の良さ」として確実に感じられます。建築は、そこに身を置く人の心理状態までも設計できる。温浴施設の仕事を通じて、私はそのことを強く実感するようになりました。

地域に開かれた「現代の縁側」として

かつて銭湯は、地域コミュニティの結節点でした。近所の人々が自然と集まり、湯上がりの一服を楽しみながら世間話に花を咲かせる。そうした光景は、核家族化と個浴の普及により、次第に失われていきました。

しかし近年、銭湯や温浴施設を「地域の居場所」として再評価する動きが生まれています。私が関わったある銭湯の改修プロジェクトでは、番台を廃してカウンター式のフロントに変更し、その延長にカフェスペースを設けました。入浴しなくても立ち寄れる場所をつくることで、施設の敷居を下げたかったのです。

このカフェスペースは、大きなガラス窓を通じて通りに面しています。中の賑わいが外から見え、外の気配が中にも伝わる。完全に閉じるでも、完全に開くでもない、「半透明の境界」を意識しました。これは日本の伝統的な住居における縁側の思想に通じるものです。

銭湯に併設する形で、ランドリーやワーキングスペースを設ける計画も増えています。「ついでに入浴する」という行為が、温浴施設の新たな可能性を拓くかもしれません。用途の複合化は、建築の寿命を延ばし、地域における存在意義を高める有効な手段だと考えています。

日常に「余白」をつくる装置として

住宅の設計においても、私は「お風呂」という場所を特別視しています。一日の疲れを洗い流し、心身をリセットする場所。それは単なる衛生設備ではなく、暮らしの中の「聖域」とも呼べる空間です。

温浴施設は、その聖域を日常から少し離れた場所に移し替えたものと言えるかもしれません。わざわざ出かけて、服を脱ぎ、湯に浸かり、また帰ってくる。その行為自体に、忙しない日常から自分を引き剥がす効果があります。

建築は、人の行動を規定し、感情に影響を与え、時に人生観すら変えてしまう力を持っています。温浴施設という装置を通じて、私たちは「何もしない時間」の価値を再発見できるのではないでしょうか。

あなたにとって、心と身体を解きほぐす「場所」はどこにありますか。それは自宅の浴室かもしれませんし、行きつけの銭湯かもしれません。もしまだ見つかっていないなら、ぜひ意識的に探してみてください。建築は、その探索の頼もしい伴走者になれると、私は信じています。

建築家・河添甚のプロフィール

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

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