働き方改革が変えたオフィス設計の新常識

働き方改革が変えた
オフィス設計の新常識

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

オフィス設計の変革——働き方改革が変えた空間の常識

私が建築家として独立した2000年代初頭、オフィス設計の依頼を受けるたびに示されたのは「いかに多くのデスクを効率よく配置するか」という課題でした。坪効率という言葉が常に打ち合わせの中心にあり、一人あたりの占有面積をいかに小さくするかが設計者の腕の見せどころとされていました。

あれから約20年。私たちが手がけるオフィス設計は、根本から異なる価値観の上に成り立っています。働き方改革という社会的変革、そしてコロナ禍を経た今、オフィスという空間に求められるものは劇的に変わりました。この変化は単なる流行ではなく、人間と空間の関係性を根本から問い直す転換点であったと、私は確信しています。

「席」から「場」へ——固定から流動への転換

かつてのオフィスでは、社員一人ひとりに「自分の席」が与えられることが当然でした。その席には引き出しがあり、私物を置き、名刺入れや家族の写真が飾られる。席は単なる作業場所ではなく、会社における自分の居場所そのものでした。

しかし、私が最近手がけるオフィス設計では、フリーアドレスやABW(Activity Based Working)を前提とした空間づくりが主流になっています。ABWとは、仕事の内容に応じて働く場所を自由に選べる働き方のこと。集中したいときは静かなブースへ、チームで議論したいときはオープンなミーティングエリアへ、電話をかけるときは防音の個室へ——というように、活動(Activity)に基づいて場所を選ぶのです。

ある中堅IT企業の本社移転プロジェクトでは、従来の1.5倍のフロア面積を確保しながら、固定席を完全に廃止しました。代わりに設けたのは、用途別に設計された12種類の「場」。集中ブース、スタンディングデスク、ソファ席、カフェカウンター、畳スペース、防音個室、大小のミーティングルーム——。社員からは当初「自分の席がないのは不安」という声もありましたが、運用開始から半年後の調査では、87%が「以前より働きやすくなった」と回答しました。

会議室の進化——「箱」から「コミュニケーション装置」へ

従来の会議室設計は、極めてシンプルでした。長方形の部屋に長いテーブルを置き、椅子を並べる。壁にはホワイトボードとプロジェクタースクリーン。どの会社の会議室も、驚くほど似通っていました。

現在、私が設計する会議室は、まずその多様性において従来とは一線を画します。4人用の小会議室、8人用の中会議室、20人用の大会議室という画一的な分類ではなく、「ブレインストーミング用」「プレゼンテーション用」「1on1面談用」「オンライン会議用」というように、目的別に空間を設計します。

特に重視しているのがオンライン会議への対応です。コロナ禍を経て、ハイブリッドワークが定着した今、会議室には必ず「リモート参加者がいる」という前提で設計を行います。カメラアングルを考慮した席の配置、画面に映り込む背景のデザイン、音響環境の整備——。リモート参加者が疎外感を感じないよう、対面参加者との情報格差を最小化する工夫が求められます。

先日完成したある広告代理店のオフィスでは、「オンラインファースト会議室」という新しいコンセプトを提案しました。部屋の正面に大型モニターを配置し、対面参加者全員がモニターに向かって座る。リモート参加者があたかもその場にいるかのような一体感を生み出す空間です。

境界の曖昧化——仕事とリラックスの融合

オフィス設計において、私が近年最も意識しているのが「境界の曖昧化」です。従来のオフィスには明確な境界線がありました。執務エリアと休憩エリア、会議室と通路、社員スペースと来客スペース。これらの境界が、今、急速に溶け出しています。

象徴的なのがカフェスペースの変化です。かつての社員食堂は、昼食時にだけ機能する閉じた空間でした。しかし現在設計するカフェスペースは、朝は軽いミーティングの場として、昼は食事の場として、午後は気分転換のワークスペースとして、夕方はチーム懇親の場として、一日を通じて様々な活動を受け入れます。

私がこの「境界の曖昧化」にこだわるのは、人間の創造性が予定調和の中からは生まれにくいと感じているからです。決められた席で、決められた時間に、決められた作業をする——この枠組みからはみ出したとき、予期せぬアイデアや出会いが生まれる。オフィス空間は、そうした「はみ出し」を許容し、むしろ促進するデザインであるべきだと考えています。

五感に働きかける空間設計

テレワークの普及により、「わざわざオフィスに行く意味」が問われるようになりました。自宅でできる仕事をするためだけなら、通勤時間は無駄でしかない。だからこそ、オフィスは「そこでしか得られない体験」を提供する空間でなければならないのです。

私は最近のプロジェクトで、五感に働きかける設計を強く意識するようになりました。自然光を最大限取り入れる窓の配置、季節の移ろいを感じる植栽、木や石など自然素材の触感、適度な環境音や静寂のコントロール——。デジタルでは再現できない身体的な心地よさこそ、物理的空間の存在意義だと考えています。

ある製造業の研究開発センターでは、中央に大きな吹き抜けを設け、その周囲にワークスペースを配置しました。吹き抜けには高木を植え、天窓から自然光が降り注ぐ。研究者たちは、実験の合間にこの空間を見下ろしながら思考を巡らせます。竣工後、研究者の方から「アイデアが出やすくなった」という声をいただいたとき、建築家としてこの上ない喜びを感じました。

住宅設計への示唆——働く場所としての自宅

オフィス設計の変革は、実は住宅設計にも大きな示唆を与えています。テレワークが当たり前になった今、自宅にも「働く場所」としての機能が求められるようになりました。

私のもとに住宅設計の相談に来られる方の多くが、書斎やワークスペースの確保を希望されます。しかし、単に「机が置ける部屋」を設けるだけでは不十分です。オンライン会議に適した背景、適切な照明、音環境、家族の動線との関係——オフィス設計で培った知見が、住宅設計においても活きてきます。

特に重要なのが、仕事とプライベートの切り替えをどう空間的に演出するかという点です。物理的に部屋を分けられない場合でも、素材の変化、床レベルの違い、照明の切り替えなどにより、心理的な「場」の転換を促すことができます。

変わりゆく「働く」と「暮らす」の関係性

オフィス設計の変革は、単なる空間デザインの変化ではありません。それは「働くこと」と「生きること」の関係性が根本から問い直されていることの表れです。

かつて、仕事と生活は明確に分離されていました。朝、家を出てオフィスに向かい、夕方、オフィスを出て家に帰る。この往復運動の中で、人々は「仕事モード」と「生活モード」を切り替えていました。しかし今、その境界は限りなく曖昧になっています。

だからこそ、空間を設計する私たち建築家の責任は重い。人々が心身ともに健康に、創造的に、そして幸福に働き、暮らすための環境を整えること。それは技術的な課題であると同時に、極めて人間的な課題でもあります。

あなたが今いる空間は、あなたの働き方や暮らし方を豊かにしてくれていますか。もし何か違和感を感じているなら、それは空間があなたに変化を求めているサインかもしれません。

建築家・河添甚のプロフィール東京のオフィス設計事務所

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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