働き方改革が変えたオフィス設計の新常識

働き方改革が変えた
オフィス設計の新常識

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

オフィス設計の変革——働き方改革が変えた空間の常識

かつてのオフィスは「管理の装置」だった

私が建築の世界に入った頃、オフィス設計の依頼には暗黙の前提があった。社員が何人いて、一人あたり何平米を確保し、部署ごとに島型のデスクを配置し、上座に管理職の席を置く。これが「当たり前」だった。オフィスとは、人を決められた場所に座らせ、決められた時間だけ働かせるための装置であり、建築家の役割はその装置をいかに効率的に組み上げるかにあった。

しかし2020年以降、その常識は根底から覆された。パンデミックを経て多くの企業がリモートワークを導入し、「出社すること」自体の意味が問い直されるようになった。私のもとに届くオフィス設計の相談も、質が明らかに変わった。「何人分の席を用意すればいいですか」ではなく、「そもそもオフィスに何を求めるべきですか」という問いから始まるようになったのだ。

「席がない」という自由の設計

フリーアドレスという概念自体は以前から存在していたが、ここ数年でその導入は一気に加速した。ただし私が設計の現場で感じているのは、単にデスクの固定配置をやめればうまくいくという話ではない、ということだ。

フリーアドレスが機能するためには、空間に「濃淡」が必要になる。集中して作業したい人のための静かなブース、チームで短時間のディスカッションをするためのスタンディングテーブル、ふとしたアイデアを誰かと共有するためのカジュアルなラウンジ。それらが一つの空間の中にグラデーションとして存在していなければ、フリーアドレスはただの「席取りゲーム」に堕してしまう。

私が手がけたオフィスの改修プロジェクトでも、最初にクライアントと徹底的に議論するのは座席数ではなく、「この会社で一日のうちに発生する行為のバリエーション」だ。電話をかける、黙々とコードを書く、三人で画面を見ながら話し合う、一人でコーヒーを飲みながら考える——。それぞれの行為に適した空間の質を丁寧に設計していくことが、現代のオフィス設計の核心だと考えている。

音環境という見えない建築

オフィスを設計する上で、近年特に重要度が増しているのが音の問題だ。オンライン会議が日常化したことで、一つのフロアの中で同時に複数の会議が行われるようになった。従来のオープンオフィスでは、隣の人のWeb会議の音が集中を妨げるという課題が深刻になっている。

私はオフィスの設計において、音環境を「見えない建築」として捉えている。壁や天井の素材選定、吸音パネルの配置、空調の静音設計、さらには空間の容積と形状による残響時間のコントロール——。これらは目に見える意匠と同じくらい、あるいはそれ以上に、そこで働く人の生産性と幸福感に影響を与える。

一般的に、オフィスの音環境設計では「マスキング」という手法がよく用いられる。人工的に微かなノイズを流すことで、周囲の会話を聞き取りにくくするという技術だ。しかし私は、建築的な解決をまず優先すべきだと考えている。天井高の変化、素材の切り替え、半透明のパーティションによるゆるやかなゾーニング。建築そのものが音を受け止め、調律する。そうした設計ができたとき、空間は初めて人の振る舞いを支える「器」になるのだと思う。

光と時間——オフィスにおける「窓」の再定義

住宅設計においても窓は極めて重要な要素だが、オフィスにおいてはその意味がさらに多層的になっている。働き方改革以降、オフィスに求められるのは単なる業務効率だけではなく、そこで過ごす人のウェルビーイングだ。自然光がどのように空間に入り、時間の経過とともにどう変化するか。この問いは、かつては住宅設計の領域に属するものだったが、今やオフィス設計でも中心的なテーマになっている。

私が設計で意識しているのは、窓際の席を「特等席」にしないことだ。自然光はできるだけ多くの人に届くべきであり、そのためには平面計画の段階から光の道筋を考える必要がある。ガラスのパーティションを用いて光を奥まで導いたり、天井面の反射を利用して間接的に自然光を拡散させたりする工夫は、小さなオフィスでも十分に実現可能だ。

また、あえて窓のない場所に「籠もれる空間」を設けることも効果的だ。一日中自然光に満たされた空間は一見理想的に思えるが、人には時として外の世界と切り離された静けさが必要になる。光と影のコントラストが空間に奥行きを与え、そこで過ごす時間にリズムを生む。オフィスにおける窓とは、単に外を見るための開口ではなく、時間の流れと人の心理を調律する装置なのだと、私は考えている。

住宅とオフィスの境界が溶ける時代に

興味深いことに、こうしたオフィス設計の変革は、住宅設計にも確実に影響を及ぼしている。在宅勤務が定着したことで、住宅の中に「仕事をする場所」を設ける要望は飛躍的に増えた。リビングの一角にワークスペースを設ける、あるいは半独立した書斎を計画に組み込む。住宅設計を検討されている方にとって、これはもはや他人事ではないテーマだろう。

私が住宅の設計で心がけているのは、ワークスペースを「閉じすぎない」ことだ。完全に閉じた個室は集中には適しているが、家族の気配を感じられなくなる。逆にリビングのオープンな一角では、家族の生活音が仕事の妨げになることもある。この「開く」と「閉じる」のバランスを、引き戸や段差、素材の切り替えで微調整していくことが重要だ。

結局のところ、優れた空間設計とは、人の行為と心理に対する深い観察から生まれるものだ。オフィスであれ住宅であれ、「こう使うはずだ」という設計者側の一方的な想定で空間を固定するのではなく、使う人が自分のリズムで空間を選び取れる余白を残しておくこと。それが、働き方改革という大きな潮流の中で建築が果たすべき役割だと私は思っている。

空間は問いかける——あなたはどう働き、どう暮らしたいか

建築は、施主の「こうしたい」という意思と、建築家の「こうあるべきだ」という信念の対話から生まれる。しかし働き方が多様化した今、最も大切なのは、まず自分自身に問いかけることではないだろうか。あなたは一日のうち、どんな時間に最も集中できるのか。誰かと話したいと感じるのはどんな瞬間か。一人になりたいとき、どんな空間にいると心が落ち着くか。

オフィスの設計であれ住宅の設計であれ、空間は最終的に「あなたがどう生きたいか」という問いに帰着する。働き方改革がもたらした最も大きな変化は、制度やルールの変更ではなく、一人ひとりが自分の働き方と暮らし方を主体的に考え始めたことだと、私は感じている。

これから住まいを計画しようとしている方にお伝えしたい。間取りや仕上げの話に入る前に、まず自分の一日の行為を丁寧に観察してみてほしい。その観察の中にこそ、あなたにとって本当に心地よい空間のヒントが隠れているはずだから。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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