土間のある住まい——内と外をつなぐ空間の再考

土間のある住まい——
内と外をつなぐ空間の再考

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

土間のある住まい——内と外をつなぐ空間の再考

靴を脱ぐ前の、あの一瞬の豊かさ

玄関の扉を開けてから靴を脱ぐまでの、ほんの数秒間。多くの現代住宅では、その時間はあまりに短く、あまりに狭い空間のなかで完結してしまう。しかし私は、この「靴を脱ぐ前の時間」にこそ、住まいの本質的な豊かさが宿ると考えている。

日本の伝統的な住まいには、土間という空間があった。それは単なる通路でも、単なる作業場でもなかった。外の世界と内の世界が重なり合い、どちらにも属さないからこそ、どちらの性格も帯びることができる——そんな曖昧で、しかし力強い空間だった。

住宅設計の依頼を受けるなかで、近年「土間のある家に住みたい」という声を聞く機会が明らかに増えている。それは単なる懐古趣味ではなく、現代の暮らしが抱える切実な問題への、直感的な応答なのだと私は感じている。

土間とは何か——「未決定」であることの強さ

建築を学び始めた頃、私は空間に明確な用途を与えることが設計だと思っていた。リビングは寛ぐ場所、キッチンは料理をする場所、寝室は眠る場所。しかし実務を重ねるうちに気づいたのは、住まい手の暮らしは設計者の想定をいつも軽やかに超えていくということだった。

土間という空間が持つ最大の魅力は、その「未決定性」にある。床はコンクリートやモルタル、三和土(たたき)といった素材で仕上げられ、水にも汚れにも強い。靴を履いたままでも、脱いでも使える。自転車を置いてもいい、薪を積んでもいい、子どもが泥だらけの手で絵を描いてもいい。そこでは行為が空間を規定するのではなく、空間が行為を許容する。

現代の住宅は、機能の分化が進みすぎた側面がある。すべての部屋に名前がつき、すべての動線が効率のもとに計画される。もちろんそれは快適さの基盤として重要だ。しかし、どこか一箇所でいい、「何に使ってもいい場所」が住まいのなかにあると、暮らし全体に不思議な余裕が生まれる。土間はまさにその「余白」を担う空間なのだと、私は設計を通じて実感してきた。

内と外の「あいだ」をどう設計するか

土間を設計するうえで、私が最も注意を払うのは「内と外の境界をどう曖昧にするか」という点である。これは単にガラスの大開口を設けるとか、外壁をなくすといった話ではない。むしろ、身体感覚としてのグラデーションをどう作るかという問題だ。

たとえば、庭に面した土間を計画する場合、私は床のレベルと素材の連続性を丁寧に検討する。外部のアプローチと土間の床を同じ素材、同じ高さで仕上げると、空間は視覚的にも触覚的にも内外の区別を曖昧にする。雨の日には軒下から土間へと雨音が連続し、晴れた日には光が地面を滑るようにして室内に入ってくる。こうした微細な連続性の積み重ねが、「外でもなく内でもない場所」をつくり出す。

一方で、土間はあくまで住まいの一部であるから、断熱や気密の問題を避けて通ることはできない。ここが設計者としての腕の見せどころでもある。私の場合、土間と居室のあいだに建具や段差を設け、必要に応じて熱環境を切り分けられるよう計画することが多い。冬場は土間を「外に近い場所」として割り切り、居室側の暖かさを確保する。夏場は逆に土間を開け放ち、風の通り道として機能させる。季節によって住まいの輪郭が伸縮するような設計を意識している。

土間の天井高も重要な要素だ。居室と同じ天井高では、土間はただの「床が硬い部屋」になってしまう。私は吹き抜けにしたり、あるいは逆に天井を低く抑えて洞窟的な落ち着きを持たせたりと、居室とは異なるスケール感を意図的に与えるようにしている。身体が「ここは違う場所だ」と感じ取ること。その感覚の切り替えこそが、土間の空間的な意味を成立させるのだと思う。

現代の暮らしにおける土間の役割

かつての土間は、炊事や農作業、来客対応など、生活と労働が混然一体となった場であった。現代の暮らしにおいて、土間にはどのような役割があり得るのだろうか。

私がこれまでの設計で見てきた光景をいくつか挙げてみたい。ある住まいでは、土間が家族の趣味の場になった。アウトドア用品の手入れ、陶芸、植物の植え替え。汚れを気にせず手を動かせる場所があることで、趣味がより日常に近づいた。別の住まいでは、土間がゆるやかな社交の場として機能していた。近所の方がふらりと立ち寄り、靴を脱がずに立ち話をする。玄関先では短すぎ、リビングに通すほどでもない——そんな距離感の交流が、土間という空間によって自然に成立していた。

また、子育て世代の住まいでは、土間が「汚れてもいい帰還装置」として機能している例も多い。泥だらけの長靴、濡れたレインコート、砂まみれの遊び道具。それらを居室に持ち込む前に一度受け止める場所があるだけで、暮らしのストレスは驚くほど軽減される。

こうした事例に共通するのは、土間が「完璧でなくてもよい場所」として愛されているという点だ。現代の住まいは、どこもかしこも清潔で美しくあることを求められがちだ。しかし人の暮らしは本来、もう少し雑然としていて、もう少し土の匂いがするものだったはずだ。土間は、そうした暮らしの原初的な手触りを現代に呼び戻す装置でもあると、私は考えている。

土間が問いかける「住まいの境界線」

土間の設計を通じて、私が繰り返し考えさせられるのは、「住まいとはどこからどこまでか」という問いである。

法律的には、壁と屋根で囲われた部分が建物であり、住まいである。しかし実際の暮らしにおいて、人の意識はもっと自由に伸び縮みしている。庭の木に水をやるとき、玄関先で隣人と話すとき、縁側で夕涼みをするとき——私たちは「家の外」にいながら、確かに「住まいの中」にいる感覚を持っている。

土間は、その感覚を空間として定着させる試みだと言えるかもしれない。完全な内部でもなく、完全な外部でもない場所を住まいの中に確保すること。それは、暮らしの可能性を広げると同時に、私たちが無意識に引いている「内と外」の境界線そのものを問い直す行為でもある。

住まいを考えることは、自分と世界の関係を考えることだと、私は常々思っている。あなたの暮らしにとって、「内」と「外」の境界はどこにあるだろうか。そしてその境界を少しだけ揺るがしてみたとき、どんな風景が見えてくるだろうか。土間という古くて新しい空間が、その問いへの一つの手がかりになれば幸いである。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

NEXT STEP

土間のある暮らしを
一緒に考えませんか

内と外をつなぐ豊かな空間づくりに興味をお持ちの方へ。土間を取り入れた住まいの設計について、お気軽にご相談ください。

コラム一覧へ