二子玉川に来たのは夜だった。
駅を出ると、すぐに二つの建物が見えた。

左に赤いネオン。「Takashimaya S.」の文字。
右に白い鉄骨の骨格。巨大なトラスが空に向かって開いている。
この二つが、同じ「二子玉川」という場所にある。
玉川髙島屋S.Cは1969年開業。設計は田辺喜三。東京初の郊外型ショッピングセンターとして開業した。当時の日本には「駅前百貨店」はあっても、敷地全体を商業施設として開発する郊外型SCは新しい形態だった。
その後、2011年に東急グループが「二子玉川ライズ」を開業した。

ライズの大屋根は、街のスケールだ。
一棟の建物というより、複数の棟を大屋根でつないで「街区」を作っている。屋根の下に外気がある。屋内とも屋外ともつかない場所がある。
以前いた設計事務所が、このライズに関わっていた。入社した頃はまだ工事中で、一度現場を見学させてもらったことがある。鉄骨が組み上がって、大屋根の骨格だけがある状態だった。あの開放感を、夜になって改めて思い出した。

赤いLEDが夜の骨格を照らしていた。
「R.P.P.P.」と書かれたサイネージが回転している。白い鉄骨にピンクの光が当たっている。全体が巨大なインスタレーションのように見えた。

TRIANGLE CAFEの前に出た。
ライズの屋外広場に面した小屋。白い鉄骨の下に、人が座っている。外気の中で食べている。

髙島屋の側に回ると、「TAMAGAWA TAKASHIMAYA S.C」と書かれていた。
青いLEDスクリーンに、波と泡のような映像が流れていた。1969年の建物が、こういう映像を映している。
館内に入った。

百貨店の吹き抜けだった。
エスカレーターが斜めに上がり、各階の回廊がガラス手すりで囲まれている。中央に竹のオブジェ。壁面にはアンバーの照明。
完成して間もない頃、事務所のスタッフに連れてきてもらったことがある。このレストランフロアで食事をした。何を食べたかは覚えていないが、吹き抜けの高さの印象は残っている。
日本の百貨店の内部はどこかで均質化している。食品フロア、ファッション、レストラン街。玉川髙島屋もその構造を持っている。ただ、建物の骨格——吹き抜けの比例、素材の質——に五十年以上の時間が感じられる。

レストランフロアの廊下を歩いた。
木のフローリング。温かい照明。「Bon Maison ensemble table」の文字。人が奥の方へ歩いていく。
百貨店のレストランフロアは、街にはない種類のゆっくりした時間がある。
なぜ二子玉川に、この二つの形が並んでいるのか。
一つの答えは「東急グループが既存の髙島屋を保存したまま、隣に新しい街区を開発した」ということだ。髙島屋は別の不動産所有者であるため、再開発に巻き込むことができなかった、という話もある。あるいは、既存のものを残すことを意識的に選んだのかもしれない。
いずれにせよ、結果として二つの異なる時代の商業建築が、歩いて十秒の距離に並んでいる。

「壁の穴」の文字が見えた。
ガラスの格子越しに、レストランが並んでいた。「KABE NO ANA」——創業1953年の老舗スパゲッティレストランの名前がここにもあった。
百貨店の中に、それより古いものが入っている。
街路に戻った。
夜の大屋根の下で、ライズに来た人と髙島屋から出た人が交差していた。同じ場所にいながら、それぞれ別の時間を歩いている。
二子玉川から川を渡った虎ノ門の開発とは、また違う「並び方」だと思った。



