パリ中心部、ルーヴルとポンピドゥーの間に、円形の石造建物が立っている。

かつて穀物取引所として1763年に建てられ、後に株式取引所として使われたブルス・ドゥ・コメルス。外観はクラシカルな歴史的建築に見えたが、中に入ると、別の建物がそこにあった。


エントランスから中に入ると、石造の外殻の奥に、コンクリートの円筒が立ち上がっているのが見えた。

外側は石、内側はコンクリート。その二重の円の「隙間」が、建物の主役になっていた。

安藤忠雄による改修、2021年。


外観・街路から見たブルス・ドゥ・コメルスの外観。石造の古典的なファサードと柱廊

外から見ると、普通の歴史的建物だ。

ドーリア式の柱廊、石積みの外壁、歴史保護建築のラベル。パリのどこにでもある建物のように見える。でも内側に何があるかを知ってから振り返ると、この平静な外観が別の意味を持ち始める。


数字で言えば——直径38メートルの石造の外殻の中に、直径29メートル、高さ9メートルのコンクリート円筒が挿入されている。その2メートルの隙間が、内外二つの時代をつなぐ通路になっている。


メインホール内部。安藤忠雄のコンクリート円筒が中心に立ち、床には金色の円形装飾。上部に19世紀の彩色ドームが広がる

内部に入った。

見上げると、19世紀の彩色フレスコのドームが広がっている。その下に、コンクリートの円筒が立っている。ドームの描画された世界と、コンクリートの沈黙とが、同じ空間で向き合っている。

床の金色の円形が、コンクリート円筒の底部を囲んでいる。


隙間を歩いた。

石造の壁とコンクリートの壁の間を縫うように、スロープや階段が巡らされている。上を見上げると、既存のガラスドームの光と、コンクリート円筒上端の隙間から入る光が重なっている。上に行くほど、視点が変わる。同じ「間」にいながら、フロアごとに別の建物にいるような感覚があった。


バルコニー回廊からの眺め。球体ランプが吊られ、彩色ドームのフリーズが目の高さに迫る

バルコニーレベルまで上った。

彩色されたフリーズが目の高さにある。金と赤と青。19世紀の装飾が、コンクリートの骨格と隣り合わせになっている。同じ建物の中にいながら、時代のギャップを身体で感じる位置だ。

球体のランプが吊られている。それが旧来のものか新しく設置されたものか、分からなかった。


コンクリートの円筒壁と古典的な柱廊が並ぶ対比。安藤の打放しと石造の質感が2メートルの隙間で向き合う

隙間の中で立ち止まった。

コンクリートと石。二つの素材の肌が2メートル離れて向き合っている。どちらも「壁」だが、時代も素材も文法も違う。この距離が、両者を「対話」の関係に置いている——触れ合わず、でも分離もしていない。

安藤忠雄は通常、歴史的建物への介入を好まない設計者だ。彼の語法は常に新建築であり、コンテクストとの対話よりも自律した空間を優先する。それがなぜ、この歴史的建物の中に入ったのか。

おそらく、「何も壊さず、すべてを内側に挿入する」という条件が、安藤の姿勢と一致したのだと思う。


ドーム天井の彩色フリーズ見上げ。18〜19世紀のフレスコが円形に広がる。中央の採光部から光が落ちる

ドームを見上げた。

フレスコ画の世界が広がっている。商業、航海、農業——証券取引所だった時代のアレゴリー。この絵画がある建物の中に、今は現代美術が展示されている。

「価値のやり取り」が行われていた場が、アートの場になった。


ピノー・コレクション内部の回廊。コンクリートの手摺と天井。アート作品が奥に見える

なぜパリのど真ん中に、この手法が選ばれたのか。

旧証券取引所——かつて「価値のやり取り」が行われていた場が、今はアートと建築の対話の場として再生されている。ピノー・コレクションはヴェネツィアでもパラッツォ・グラッシとプンタ・デッラ・ドガーナという歴史的建造物を使っている。場所の記憶を保存しながら現代の器に変える——それがピノーのコレクション展示の哲学かもしれない。


外に出ると、石造のファサードがまた普通の歴史的建築に見えた。

でも内側に何があるかを知った後では、外の見え方が変わっていた。建物の外皮と内核が別の時代に属しているとき、どちらが「本当の建物」なのか。ブルス・ドゥ・コメルスを歩くと、その問いが残る。