オーバーツーリズムと建築——観光地化するまちで地域の固有性を守る
まちが観光客に飲み込まれるとき
「ここに住んでいる人が誰もいない」
観光地として人気の高い歴史的な街区を歩くとき、そう感じることがある。本来そこで暮らしていた人々が郊外に移住し、古い街並みだけが残り、昼間は観光客で溢れ、夜になると静まり返る。
この現象をオーバーツーリズム(観光過多)と呼ぶ。観光客の増加自体は地域経済に貢献するが、許容量を超えた観光化は、地域のコミュニティを壊し、生活環境を損ない、皮肉にも「観光の魅力の源泉だった固有性」を消滅させていく。
建築家として私が気になるのは、オーバーツーリズムが「まちの空間」をどう変えるか、そしてその変化に建築がどう応答できるかだ。
観光化が空間に与える影響
観光客が増えるとき、まちの空間は特定のパターンで変化する。
商業の均質化:生活を支える商店(食料品店、クリーニング、病院)が、観光客向けの施設(みやげ物店、カフェ、体験施設)に置き換わっていく。住民にとって必要な機能が失われ、「生きたまち」から「テーマパーク」への移行が始まる。
建物の改装と偽物化:外観を「それらしく」見せるための表面的な改装が起きる。実際には鉄骨造の建物に木の格子を付けた「なんちゃって古民家」、意匠的な整合性のない張りぼて——この「偽の固有性」が増殖すると、本物の歴史的建物との区別がつかなくなる。
収容能力の超過:狭い路地、石畳、木造密集市街地——こうした空間は、年間数万人の観光客を想定して設計されていない。人と車が溢れ、建物は振動と摩耗にさらされ、維持管理コストが上昇する。
固有性とは何か——建築家の視点から
オーバーツーリズムへの対処を考えるとき、まず「守るべき固有性とは何か」を整理する必要がある。
固有性は二つの層からなると私は考える。
物的な固有性:建物の形、素材、スケール、街路の幅、空間の配列——これらは時間をかけて場所固有の条件(気候、地形、産業、文化)から生み出された「地域の応答」だ。同じ木造建築でも、香川の農家、京都の町家、白川郷の合掌造りは全く異なる形を持つ。それぞれの形に意味がある。
生活の固有性:その場所で暮らす人々の生活様式、人間関係、祭り、商売、方言——空間と人間の関係性が積み重なって生まれる「場所の文化」だ。これは建物があるだけでは維持されず、そこに人が暮らし続けることで初めて再生産される。
オーバーツーリズムが脅かすのは、両方の固有性だ。建物は表面改装で偽物になり、人は生活環境の悪化で退出する。
建築的アプローチ——設計で固有性を守る
建築家として、オーバーツーリズムの問題にどう応答できるか。
ゾーニングによる機能の混在設計:観光施設と生活施設が同じエリアに混在し続けることを設計的に支援する。例えば、観光客向けの空間(ショップ、カフェ)と住民の生活を支える空間(集会所、診療所、小売り)を同じ建物内に組み込む複合施設設計が有効だ。「住んでいる人がいるまち」の継続が、長期的には観光の質も高める。
スケールの保存:街並みの魅力は「大きさ」に依存することが多い。2階建ての木造町家が連続する空間に、高層ビルを建てることは、空間の体験を根本から変えてしまう。高さ制限、軒線の連続、セットバックのルール——こうした建築的な規制が固有性の保存に機能する。
路地・半公共空間の設計:観光客の流量を分散させるための新しい路地・横丁の設計も有効だ。一本の大通りに集中する人流を、複数の細い道に分散させることで、まちのどこにも居場所が生まれ、地域の生活空間への過度な圧迫を避けられる。
本物の素材・工法の継承:改装に際して地域固有の素材と工法を使うことは、まちの固有性を守る。このためには職人の技術継承が不可欠だが、観光による経済資源をこの技術継承に還流させる仕組みも設計の一部だ。
香川で考えること
香川県にも、こうした問題が現れ始めている地域がある。
直島・豊島・小豆島などの瀬戸内の島々は、アート・建築を核にした観光地として国際的な認知を得た。観光客の増加は地域経済を活性化したが、同時に地価の上昇、生活者の減少、農地・漁業の後継者不足という問題も進行している。
島という閉じた空間では、オーバーツーリズムの影響が大陸部より速く、深く表れる。建築家として瀬戸内の仕事に関わるとき、私はこの問題を「デザインの前提」として常に意識している。
まちを消耗品にしない
観光地としての魅力は、その場所の「生きた固有性」から生まれる。その固有性を観光が消耗させていくとき、観光地としての魅力も徐々に失われていく——これは世界各地の事例が示している。
建築は、まちを変えることも守ることもできる。観光と生活が共存するための空間設計、固有性を継承しながら現代の用途に応える改修設計——これらは「地域に対する建築家の責任」だと私は思っている。
まちを訪れる人のためだけでなく、そこに暮らす人のための建築を。その問いを持ち続けることが、建築家としての仕事の根本にある。