子どもの身体尺度で設計する保育施設

子どもの身体尺度
設計する保育施設

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

保育施設の建築——子どもの身体尺度で設計する

大人の常識を捨てることから始まる設計

保育施設の設計依頼を受けたとき、私は必ずスケールを一度手放すことにしている。建築家として培ってきた「標準寸法」という名の常識が、ここでは通用しないからだ。

住宅設計であれば、天井高2,400mm、ドアノブの高さ900mm、カウンターは850mm——こうした数字は身体に染みついている。しかし保育施設では、その主役は身長わずか80cmから120cm程度の小さな人間たちだ。彼らにとって、大人の目線で設計された空間は、常に見上げなければならない威圧的な世界となる。

保育施設の設計では、完成後に思わぬ問題が浮かび上がることがある。たとえば「子どもたちがトイレに行きたがらない」という声が現場から上がるケースだ。便器の配置、仕切りの高さ、手洗い場へのアプローチ——どれも「子ども用」の設備を採用していたにもかかわらず、空間全体のスケール感が大人基準のままだったということが起こりうる。こうした経験を通じて、保育施設の設計における「身体尺度」の重要性を痛感させられることになる。

90cmの視界がつくる建築

子どもの目線の高さ、おおよそ90cm前後の位置から空間を眺めると、建築は全く異なる表情を見せる。

私は現場調査や打ち合わせの際、実際にしゃがみ込んで空間を確認するようにしている。恥ずかしげもなく四つん這いになることもある。すると、天井の圧迫感、窓の位置が生み出す光の入り方、壁面の素材感——すべてが変わって見える。大人にとっては何気ない腰壁も、子どもにとっては視界を遮る巨大な障壁になりうる。

保育施設における窓の設計は、この視界の問題と直結する。たとえば、床から30cmの高さに横長の小窓を連続させるという手法がある。大人から見れば違和感のある配置だが、床に座った子どもたちは外の景色を楽しみ、園庭で遊ぶ友達の姿を追うことができる。窓という要素ひとつをとっても、誰の身体を基準にするかで設計は根本から変わるのだ。

同時に注意したいのは、大人が快適に過ごせる空間も確保しなければならないという点だ。保育士の先生方は長時間、この空間で働いている。子ども用に低く設計された棚や収納ばかりでは、大人の身体には負担がかかる。だから私は「子どもの空間」と「大人の空間」を断絶させるのではなく、グラデーションのように重ね合わせる設計を心がけている。

触れることで学ぶ建築素材

子どもたちは空間を目だけで認識しているわけではない。手で触れ、足の裏で感じ、ときには舐めてみることで、世界を理解しようとする。だからこそ保育施設では、素材の選定が住宅以上に重要な意味を持つ。

私は可能な限り、自然素材を採用するようにしている。杉の無垢フローリング、漆喰の壁、木製の建具——これらは単に「安全だから」という消極的な理由で選ぶのではない。温かいものと冷たいもの、滑らかなものとざらついたもの、その違いを子どもたちが全身で感じ取れる環境をつくりたいからだ。

たとえば、エントランスホールの壁面で、高さ1m以下の部分だけ塗り壁の仕上げを変えるという方法がある。下部は子どもたちが自由に触れる「土壁」のような質感、上部はより平滑な漆喰仕上げにする。こうした空間では、子どもたちが毎朝その壁を撫でながら登園してくるようになることがある。手のひらに伝わる土の感触が、一日の始まりを告げる儀式になっているのだ。

素材選びには現実的な制約もある。衛生管理の観点から、清掃のしやすさは避けて通れない問題だ。それでも私は、管理のしやすさを最優先にして無機質な空間になることは避けたいと考えている。手入れに多少の手間がかかっても、そこで育つ子どもたちの感性を豊かにする素材を選びたい。これは設計者としての信念であり、施主である園との対話の中で丁寧に共有していく姿勢が求められる。

遊びの余白が生む創造性

整然と区画された空間よりも、少し曖昧な場所の方が子どもたちの遊びは活発になる。私はこれを「遊びの余白」と呼んでいる。

たとえば、部屋の隅に生まれる小さな凹み、階段下の三角形のスペース、家具と壁の間にできた隙間——大人から見れば「無駄」とも思えるこうした空間が、子どもたちにとっては冒険の舞台となる。かくれんぼの拠点になり、秘密基地になり、想像力を膨らませる装置になる。

たとえば、廊下の途中に意図的に幅を広げた「溜まり」をつくるという設計手法がある。通路としてはやや非効率だが、この余剰空間が子どもたちの自発的な遊び場となっていく。何かを強制するのではなく、環境が子どもの行動を誘発する——そんな設計が理想だと私は考えている。

現代の保育では、活動プログラムが細かく設定されていることも多い。設計者としてそれを否定するつもりはないが、「何もしなくてよい場所」が空間の中にあることの価値を、施主にも伝えるようにしている。余白は無駄ではなく、創造性を育む土壌なのだ。

安全と挑戦のあいだで

保育施設の設計において、安全の確保は絶対条件だ。だが、危険を完全に排除した空間が、子どもの成長にとって最善かといえば、私は疑問を感じている。

子どもは小さなリスクを経験することで、自分の身体の限界を知り、危機を回避する能力を身につけていく。つまずきそうな段差、少しだけ高い場所への上り口、バランスを崩しやすい橋のような遊具——これらを完全に排除するのではなく、「許容されるリスク」として設計の中に織り込むことが大切だと考えている。

もちろん、取り返しのつかない事故につながる危険は徹底的に排除する。転落防止の手すり、衝撃を吸収する床材、視認性の高い見通しの確保——これらは妥協なく取り組むべき項目だ。しかし同時に、適度な冒険心を刺激する要素を、どこかに忍ばせておきたい。

この「安全」と「挑戦」のバランスこそ、保育施設の設計において最も神経を使う部分だ。正解があるわけではない。保育士の方々、保護者の皆さん、そして設計者——三者が対話を重ねながら、その園ならではの落としどころを探っていく作業が不可欠となる。

建築は子どもの身体を記憶する

長く使われてきた保育園を訪れると、子どもたちが毎日触れ続けた木の手すりが飴色に変化していることに気づく。柱の角は無数の小さな傷を刻んでいる。床板にはおもちゃを落とした跡、絵の具をこぼした痕跡——それらすべてが、ここで過ごした子どもたちの生の記録だ。

建築は、子どもたちの身体によって完成していく。設計者が図面を描いた段階では、まだ「建物」でしかない。そこに子どもたちが入り込み、走り回り、泣いたり笑ったりしながら日々を重ねていくことで、はじめて「居場所」になる。そう考えると、私たち建築家の役割は、完成形をつくることではなく、成長のための器を用意することなのかもしれない。

あなたが幼い頃に過ごした場所を思い出してみてほしい。窓から見えた景色、床の冷たさ、押し入れの暗がり——身体の記憶として残っているものはないだろうか。子どもたちの今日の体験が、何十年後かの大切な記憶になる。そのことを想像しながら線を引くとき、私は建築という仕事の重さと喜びを、同時に感じている。

建築家・河添甚のプロフィール

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

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