建築と記憶——古民家の梁に刻まれた百年の時間と職人の痕跡

建築と記憶
場所が持つ時間の厚み

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

記憶を宿す場所としての建築

建築の仕事を続けていると、ときどき不思議な瞬間に出会う。初めて訪れた敷地に立ったとき、その場所がすでに何かを語りかけてくるような感覚。地面の起伏、隣家との距離感、風の通り道、光の差し込む角度——それらはすべて、その土地が長い時間をかけて蓄えてきた「記憶」のようなものだと私は思っている。

建築を設計するとは、まっさらなキャンバスに絵を描くことではない。すでに存在している時間の層の上に、新しい一枚を重ねる行為だ。私がKAWAZOE-ARCHITECTSとして住宅を設計するとき、常にこの「時間の厚み」を意識している。なぜなら、人が心地よいと感じる空間には、必ずといっていいほど、時間の奥行きが潜んでいるからだ。

土地が記憶していること

設計の最初の段階で、私は必ず敷地に足を運ぶ。図面や写真だけでは決して掴めないものがそこにある。たとえば、以前手がけたある住宅の敷地には、古いブロック塀の脇に一本の梅の木が残っていた。聞けば、以前その土地に暮らしていた方が何十年も前に植えたものだという。建て主であるご夫婦は「処分してもかまわない」とおっしゃったが、私はその梅の木を残すことを提案した。

その木は単なる植栽ではなく、土地の記憶そのものだった。春になれば花を咲かせ、その家に新しい季節の循環をもたらす。前の住人の時間と、これからの家族の時間が、一本の木を介してつながる。結果として、その梅の木はリビングから最も美しく見える位置に据えられ、住まいの中心的な風景になった。完成後、建て主から「この家に来るべくして来たような気がする」と言っていただいたことを、今でもよく覚えている。

土地には地形がある。水の流れた痕跡がある。かつて建っていた建物の基礎が地中に眠っていることもある。それらを丁寧に読み取ることから、設計は始まる。

素材が纏う時間

建築の素材には、時間とともに劣化するものと、時間とともに深まるものがある。私は後者を好んで使う。無垢の木材、左官の壁、銅板の屋根、焼杉の外壁——これらは年月を経るほどに表情が豊かになっていく素材だ。

工業製品が目指すのは「新品の状態の維持」である。均一で、傷がつきにくく、変色しない。それは確かに合理的だが、そこには時間が刻まれない。一方、自然素材は住む人の暮らしそのものを吸い込んでいく。子どもが付けた床の傷、経年で銀色に変わっていく杉板の外壁、雨染みが味わいに変わる銅の樋。それらはすべて、その家に流れた時間の証だ。

私がよく使う素材のひとつに、モルタルの左官壁がある。職人の手の動きがそのまま残るこの素材は、二度と同じ表情が生まれない。朝の光と夕方の光で全く違う陰影を見せ、季節ごとに湿度を含んで微妙に色味が変わる。住み始めて数年経った建て主が「壁を眺めるのが好きになった」とおっしゃることがあるが、それはその壁が、住む人とともに時間を重ねているからだと思う。

古い建築が教えてくれること

私は新築の設計が主な仕事だが、古い建築から学ぶことは計り知れない。特に日本の民家や寺社建築を訪れると、「時間の厚み」というものを全身で感じることができる。

京都の古い町家を訪ねたとき、通り庭の土間に立って見上げた梁の黒さに息を呑んだことがある。何百年もの間、竈の煙に燻され続けた木材は、もはや木というよりも時間そのもののように見えた。その空間には、何世代もの人々の暮らしが堆積していた。食事をつくる煙、子どもたちの声、季節ごとの行事——目に見えないはずのそれらが、建築の中に確かに存在していた。

これは決して懐古趣味ではない。古い建築が持つ力の本質は、「時間を排除しなかった」という設計態度にある。現代の建築は、しばしば竣工時が最も美しい状態として設計される。しかし本来、建築は住み始めてからが本番だ。五年後、十年後、三十年後にどのような表情を見せるか。そこまで想像して設計することが、私が古い建築から受け取った最も大きな教えである。

新しい記憶の器をつくる

建築家の仕事は、過去の記憶を保存することだけではない。これから生まれる記憶のための「器」をつくることでもある。

私が住宅を設計するとき、特に大切にしているのは「余白」だ。すべてを設計し尽くさないこと。家族が自分たちの暮らし方を発見し、空間に独自の意味を与えていける余地を残すこと。たとえば、用途を限定しない広い土間を設けたり、将来的に間仕切りを変えられる構造にしたり、庭に植える木を建て主自身に選んでもらったりする。

ある住宅で、階段の踊り場に少し広めのスペースをつくったことがある。特に用途は定めなかった。数年後に訪ねると、そこには小さな本棚が置かれ、お子さんがいつもそこで本を読んでいるという。「ここが一番落ち着くらしいんです」とお母さんが笑っていた。設計者として、これほど嬉しいことはない。建築が住む人に発見され、その人だけの記憶の場所になった瞬間だ。

住宅とは、家族の記憶が積み重なっていく装置である。朝の光がキッチンに差し込む角度、雨の日に窓を打つ音、季節ごとに変わる庭の風景——それらが日常の中で繰り返され、やがてかけがえのない記憶となっていく。その記憶を豊かに受け止められる空間をつくることが、住宅建築家としての私の仕事だと考えている。

時間に開かれた建築へ

現代社会は効率とスピードを重視する。建築もまた、工期の短縮やコストの合理化が求められる場面は多い。それ自体は否定しない。しかし、その効率の追求が「時間の厚み」を切り捨てることとイコールになってはならないと、私は強く思う。

場所の記憶を読み取り、時間とともに深まる素材を選び、これから生まれる記憶を受け止める余白を残す。それは決して贅沢なことではなく、建築の本質に関わる態度だ。むしろ、時間に対して開かれた建築こそが、長い目で見れば最も経済的であり、最も豊かな住まいになると私は信じている。

あなたがもし、これから家を建てることを考えているなら、一度その土地に立って、耳を澄ませてみてほしい。風の音、光の移ろい、隣の庭から漂う花の香り。その場所がすでに持っている時間に気づいたとき、あなたの住まいは単なる「新築住宅」ではなく、過去と未来をつなぐ、あなただけの「場所」になるはずだから。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。2002年に大阪工業大学工学部建築学科を卒業。2010年、河添建築事務所に参画し代表に就任。香川・東京の二拠点を構え、住宅から商業建築まで幅広い設計を手がける。

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