医療施設の設計が届ける安心の空気

医療施設の設計が届ける
安心の空気

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

医療施設が持つ「空気」を設計するということ

建築家として様々な用途の建物を手がけてきた中で、医療施設の設計ほど「空間が人の心身に及ぼす影響」を痛感する仕事はありません。住宅であれば施主の好みや暮らし方を反映すればよいし、商業施設であればブランドの世界観を空間化すればよい。しかし医療施設では、そこを訪れる人の多くが不安や緊張、時には恐怖を抱えています。建築がまず果たすべき役割は、その感情をそっと受け止め、少しでも和らげることだと私は考えています。

清潔であること、安心できること——言葉にすれば当たり前に聞こえるかもしれませんが、それを空間の「空気」として伝えるためには、実に多くの設計判断の積み重ねが必要です。素材の選び方一つ、光の入れ方一つ、動線の描き方一つで、その場に漂う空気はまったく違うものになります。今回は、医療施設の設計において私が大切にしている考え方を、できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います。

清潔さは「見た目」ではなく「構造」から生まれる

医療施設に清潔感が求められるのは当然のことですが、ここで注意しなければならないのは、「清潔に見える」ことと「清潔を維持できる」ことは根本的に異なるという点です。白い壁に白い床、ピカピカのステンレス——確かに新築時は美しく清潔に映りますが、半年後、一年後にどうなるかを考えなければ設計とは言えません。

私が医療施設を設計する際にまず考えるのは、汚れが溜まりにくい「構造」を作ることです。たとえば壁と床の取り合い部分。一般的な住宅では巾木を設けますが、医療施設ではR面(曲面)で壁から床へ滑らかに繋げる手法を採ることがあります。角がなければ埃が溜まりにくく、清掃もしやすい。こうした細部の判断が、五年後、十年後の清潔さを左右します。

素材選びにおいても同様です。抗菌性能を持つ素材は年々進化していますが、私は数値的な性能だけでなく、経年変化した時にどのような表情になるかまで想像して選定します。清潔さとは、竣工時の一瞬の美しさではなく、時間の中で持続する状態のことだからです。

待合空間に求められる「守られている感覚」

医療施設の中で最も多くの方が長い時間を過ごすのが待合空間です。この空間の設計は、一見シンプルに思えて、実は非常に繊細な判断を要します。

私がいつも意識しているのは、「開放感」と「守られている感覚」のバランスです。天井を高くして大きな窓を設ければ開放的にはなりますが、体調を崩している方にとって、過度な開放感はかえって心もとなく感じることがあります。逆に天井が低すぎたり壁に囲まれすぎたりすると、閉塞感や圧迫感が不安を増幅させます。

こうした空間では、天井高を部分的に変えて「場所のスケール」を操作することが有効です。受付周辺はやや天井を高くして見通しの良さを確保し、座席エリアでは少し天井を下げて包まれるような安心感を作る。さらに間接照明を組み合わせることで、蛍光灯特有の冷たい光ではなく、柔らかな明るさが空間全体を満たすようにします。

自然光の扱いも重要です。大きな窓から直射日光が入ると、眩しさや暑さの問題だけでなく、座る場所によって快適さに大きな差が生まれてしまいます。私は中庭や光庭を設けて間接的に自然光を取り込む手法を好んで用います。直接見えなくても、空の気配、木々の揺れといった外部の存在を感じられることが、閉じた空間の中に安らぎを生むのです。

動線設計——不安を増幅させない「迷わない空間」

医療施設を訪れる方は、多かれ少なかれ不安を抱えています。その不安を増幅させる最大の要因の一つが「迷い」です。どこに行けばいいのか分からない、次に何をすればいいのか分からない——この状態が続くと、人は急速に心理的な負荷を感じます。

私は医療施設の動線を設計する際、「建物が自然と行き先を教えてくれる」状態を目指しています。これは単にサイン計画(案内表示)を充実させるという意味ではありません。むしろ、サインに頼らなくても直感的に進むべき方向が分かる空間構成を作ることが理想です。

具体的には、廊下の幅や天井高の変化、床材の切り替え、光の方向性といった空間の「手がかり」を意図的に配置します。人は無意識のうちに、明るい方へ、広い方へ、見通しの利く方へと歩みを進める傾向があります。その本能的な行動を設計に活かすことで、案内表示を最小限にしながらも迷いにくい空間が生まれます。

また、患者動線とスタッフ動線の分離も医療施設ならではの重要な課題です。処置室や手術室への搬送ルートと、一般の患者さんが歩くルートが交差しないように計画することで、患者さんが不必要に緊張する場面を減らすことができます。こうした「見せない配慮」こそが、設計者の腕の見せどころだと私は思っています。

素材と色彩が語りかけるもの

医療施設というと、どうしても「白」のイメージが強いかもしれません。確かに白は清潔感を象徴する色ですが、すべてを白で統一した空間は、緊張感や無機質さを増幅させる側面もあります。

私は医療施設においても、木や石といった自然素材を積極的に取り入れることを提案しています。もちろん、衛生面での制約がある場所には適切な仕上げ材を用いますが、待合空間やエントランス、休憩スペースなどでは、木の温もりや石の落ち着きが空間の印象を大きく変えます。

色彩計画においても、白を基調としつつ、アースカラーや淡いグリーン、温かみのあるベージュをアクセントとして加えることで、「清潔でありながら冷たくない」空間が実現します。こうした色彩の選択は、科学的な研究でもストレス軽減効果が報告されており、単なるデザイン上の好みではなく、根拠のある設計判断として位置付けることができます。

触れる素材の質感も見逃せません。手すりの握り心地、椅子の座面の肌触り、ドアハンドルの温度感——こうした触覚的な体験は、意識にのぼらないレベルで人の安心感に影響しています。私はモックアップ(実物大の試作)を作って実際に触れてもらい、確認する工程を大切にしています。

建築が「治療の一部」になる可能性

近年、エビデンスに基づくデザイン(Evidence-Based Design)という考え方が医療建築の分野で注目されています。自然光や自然の景観が患者の回復を促進するという研究、騒音レベルの低減がストレスホルモンの分泌を抑えるという知見——こうした科学的根拠を設計に反映させる動きが世界的に広がっています。

私はこの流れを歓迎しつつも、数値化できるものだけが設計の根拠ではないと考えています。人が空間に入った瞬間に感じる「ここは大丈夫だ」という直感的な安心感、それは照度や色温度だけでは説明しきれない、空間全体の調和から生まれるものです。その調和を生み出すために、建築家は素材、光、スケール、動線、音、香り——あらゆる要素を統合的に設計する必要があります。

医療施設は治療を行う場所ですが、同時に「人が人として尊重される場所」であるべきだと私は考えます。病や不調を抱えた方が、空間に入った瞬間に少しだけ肩の力を抜ける。そんな建築が実現できたとき、空間そのものが治療の一部になるのだと思います。

あなたが日頃通っている医療施設の空間を、少し意識して見渡してみてください。そこにどんな光が入り、どんな素材が使われ、どんな空気が流れているか。空間が人の心に語りかけているものに気づいたとき、建築の持つ力を改めて感じていただけるのではないでしょうか。

河添 甚
河添 甚 代表建築家 / KAWAZOE-ARCHITECTS主宰

1977年、香川県生まれ。大阪工業大学建築学科卒業後、組織設計事務所で複合施設・商業施設の設計に携わる。2010年、河添建築事務所を設立。東京テクニカルカレッジ非常勤講師も務める。香川・東京を拠点に、「なぜその形か」を問い続ける設計を行う。

NEXT STEP

医療施設の新築・改修を
ご検討の方へ

患者もスタッフも安心できる空間づくりをお手伝いします。設計のご相談やお見積もりなど、まずはお気軽にお問い合わせください。

コラム一覧へ