熊本地震から1年。設計者として思う事

熊本地震から先日の14日で1年が経ちました。実は益城町のお施主さんとの打ち合わせで、その日に熊本にいました。そして、その夜起こった1回目の地震で被災しました。建物の設計に携わる立場の人間として、その場で体験したことで考えさせられた事がこの一年多くありました。1年が経った今、体験した事を書き残しておこうと思い立ちブログに書き残す事にします。

熊本地震当日に益城町で敷地調査

1回目の熊本地震のあった日、施主ヒアリングの前に夕方前に敷地調査に益城町へ行きました。古い木造住宅が建ち並ぶ益城町。震度7以上の地震が起こるなど想像もせずに調査をしたことを今でも鮮明に覚えています。たまたま、ご実家の隣の敷地ということもあり、奥様が子供さんと車で帰宅されて後ほどの打合せでは宜しくお願いしますと声を掛けさせてもらいました。

敷地調査 住宅設計

打合せ後に起こった1回目の地震

益城町のお施主さんとの打合せを終え、打合せ後のミーティングを行っていた際に1回目の地震は起こりました。体験したことのない揺れ、女性スタッフの叫び声、その場に立つことすらままならず、身動きが出来なかったのを今でも鮮明に覚えています。事務所内のものは倒れ、皆一様に建物の外に出ました。

鳴り止まぬサイレンと偵察機の音

揺れの後すぐに戦闘機のような偵察機やヘリコプターが空を何度も横断し、その後、救急車と消防車がスピードを出して益城町の方に向かって走ってきました。その時にただ事ではないことが起こったんだなと思いました。

立て続けに起こる余震

1回目の揺れがあってから5分おきに震度4〜5の余震が続きました。建物の中は危ないと判断し、外に出ていました。その場に立ち尽くすだけの時間が続きました。地鳴りとともにアスファルトから地下深くで地殻変動が起こっている感覚が足下を通じて感じられました。その場から動く事すら出来ない状況。携帯に入ってくる速報の数。事の重大さをに気づく。

避難所の開設のアナウンス

街中に流されるサイレン。アナウンスでは避難所が開設されたとのこと。

全滅状態の交通機関

その時は前日に泊まっていた博多のホテルに戻る予定でしたが、交通機関が全てストップしていまいその場から移動する事も出来ない状況。なんとか、福岡に戻れないものかと、片っ端から交通機関に連絡をとりましたが全滅状態でした。区間によっては福岡への道路も閉鎖しているとのことでした。

ホテル確保

結局は工務店の社長が知り合いのホテルを手配して下さり、何とかその日は宿を確保する事が出来ました。但し、受付の際には地震においての責任の所在に関する誓約書のようなものにサインを求められました。

次の日の朝

立て続けに起こる余震と地響きでほとんど寝付けないまま朝を迎えました。東京へ戻る手段が無いかと携帯で交通状況の確認。新幹線が早朝の段階で運行中止になっていない様子。急いで熊本駅まで歩く事に。マップでルートを調べるとホテルから1時間ほど掛かるとのこと。でも、そんな事は関係なく直ぐにホテルを出ました。

駐車場で寝る人たち

熊本駅へと向かう途中、多くの人が駐車場で布団を敷いて寝ていました。余震が5分おきくらいに起こると同時に余震といっても震度大きいため、建物が倒壊するのではないかと不安に思う人たちが恐らく外で寝ていたように思います。また、益城町では多くの建物が倒壊している情報も大きく影響したのではないかと思います。

地震の影響のある熊本市の様子

駅へと向かう熊本市でも塀が倒れたり、地面にひびが入ったりと影響がありました。こちらは私が1回目の地震があった翌日の朝に携帯で撮った写真です。うまく撮れていませんが、それでも地震の被害の大きさが写真からもわかるかと思います。全て一夜にして起こった事です。また、熊本で最も影響があったエリアからははなれた場所での状況です。

熊本地震で倒れた塀

歩道に倒れた住宅と思しき塀

熊本地震で剥がれ落ちた外壁

熊本地震で剥がれ落ちた店舗の外壁

熊本地震で割れた窓ガラス

地震で割れた窓ガラスの破片

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陥没した歩道の床タイル

熊本地震で陥没した点字タイル

地震で隆起した点字タイル

熊本地震で割れた床タイル

地震で割れた床タイル

熊本地震で陥没・隆起した建物と駐車場

地震の影響で陥没・隆起したアスファルト

熊本地震 調査

役所の関係者らしき人が調査されていました。

熊本地震 がすがばし

調査されていたかすがはしの袂。写真からも地震の影響が大きかった事がわかります。

熊本発の新幹線全線運休

上記最後から2番目の写真の奥に熊本駅が見えています。駅では仮設の折りたたみテーブルが用意されており、駅員さんが新幹線利用者に全線運休になった事を丁寧に説明されていました。そして、迂回ルートについても質問しましたが、他の交通機関に付いては把握できていないとの事でした。

取りあえず熊本空港へ

電車、バス、フェリーでの福岡へのルートは難しいと判断し、携帯で熊本発→東京への飛行機の運行状況を調べたところまだ、運航しているとのこと。情報が反映されていない可能性が高いとも思いつつ、取りあえず駄目もとで空港へ向かいました。朝も早かった為、まだ、バスも混雑はしていない様子。

空港に到着

空港にはなんとか到着。カウンターにて東京行きへのチケットが可能か、確認したら可能との事。現在は一応、運航しているとのこと。但し、各便とも予定時間を大幅に遅延するとのこと。

東京行きへの航空打ちケットを購入

なんとか、東京行きへの航空チケットを購入しました。航空チケットを購入したものの余震が続いているため、いつ運休になってもおかしくない状況。不安を抱えながら搭乗てつづきへと。

無事離陸

搭乗手続きをなんとか済ませ、奇跡的に飛行機は熊本から東京へと離陸しました。安堵感からか離陸直後直ぐに眠りにつきました。これほど、飛行機の中が安全に感じた事はありません。

羽田に到着

羽田から事務所最寄りの駅までリムジンバスで移動。いつもと変わらない日常の東京。同じ日本でもこれほどまでに違うものかと感じました。

熊本空港閉鎖(次の日)

奇跡的に熊本を出た次の日、余震による影響で熊本空港の天井が落下し、熊本空港は完全閉鎖になりました。

建築の設計に携わる設計者として思う事

上記の写真は全て一度の地震で起こった事です。しかも私が体験した震度7の地震は本震ではありませんでした。その後の全日連夜続く余震と2度目の本震。その1日ですら、生きた心地のしなかった事を考えると、熊本の人たちの精神的なストレスは計り知れません。老朽化による地震に対する抵抗力と現行法規との耐震に対する基準の違い。あらゆる要素によって、半壊・倒壊した建物。そして、建物倒壊による圧死。耐震に対する考え方を設計者として改めて考えさせられた貴重な体験。設計を通じて今後に生かしていきたいと強く感じた長く、恐怖に満ちた一日は大きな今後の糧にしていきたいと思っています。


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